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佐野 浩敏(さの ひろとし、1962年2月18日 - )は、日本のアニメーター、イラストレーター。福岡県出身。田川浩のペンネームで小説のイラストを描いたことがある。 == 経歴 == アニメーターを志望して、アニメ制作会社の葦プロダクション(現・プロダクション・リード)へ持ち込みをして、面接をした影山楙倫についていく形で、設立されたばかりのカナメプロダクションへ〔「ボクはこうしてカナメに入った 佐野浩敏」『アニメック』Vol.31、ラポート、p.71.〕。1982年、テレビアニメ『魔境伝説アクロバンチ』でデビュー。初期の参加作品が当時人気のアニメーター金田伊功の影響を多大に受けていたアニメ制作会社カナメプロダクション関連だった事が作画スタイルに影響を及ぼしている。 カナメプロ倒産後の、1980年代末から1990年代前半にかけては、松尾慎、仲盛文、高見明男らとフリー集団のスタジオ「EDGE」を結成して在籍した〔「キャラクタデザイナーの肖像 高見明男」『アニメージュ』1999年2月号、徳間書店〕。 後に佐野本人が師と仰ぐアニメーター出身の漫画家安彦良和から、メカ作画監督としてオファーを受け、アニメ映画『ヴイナス戦記』で仕事をする機会を得る。佐野の弁によると、安彦の前作『アリオン』には力量不足を自覚し参加を断念したため、念願の仕事だったという。 この直後、テレビアニメ『機動戦士ガンダム』『機動戦士Ζガンダム』との架け橋的な作品であるOVA『機動戦士ガンダム0083 STARDUST MEMORY』に携わる。この作品製作時に前述の2作品に携わった安彦を意識せざるを得ないことになるが、このことがクオリティーの高い作りへと結びつき、佐野が一般に認知される事になる。ちなみに、「安彦さんの描くガンダムがガンダム。他には全然魅力を感じないです」と語ったこともある〔『機動戦士ガンダム ハチゼロ/ハチサン/ゼロハチ』(太田出版)に収録されたインタビューより〕。 「ロボ描き屋」を自称〔『アニメ・マンガ・戦争』p.173。〕。その腕前が評価され、雑誌・DVDジャケットなどの印刷物媒体では参加作品以外であっても、佐野のイラストを見ることが出来る。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「佐野浩敏」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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