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佐野直(さの なおし、1979年6月11日 - )は、日本のプロレスラー。東京都中野区出身。身長170cm、体重85kg。血液型A型。プロレス佐野魂主宰。 スタンリーのリングネームでも活動しており、自称「プロレス界のアイドルレスラー」。 == 経歴 == ; 1998年 - 2004年 * もともと屋台村プロレスなどで選手の写真を撮影していたことで有名なファンだったが、プロレスが真剣勝負ではないと勘違いしてしまい「俺もやれる」と選手を志した。デビューは1998年1月18日鶴見青果市場でのvs荒井修戦にて、IWA格闘志塾(後の国際プロレス)でのデビューである。プロレス活き活き塾・無限ではエースを務めるなどし活躍、インディー団体を中心に参戦していた。 ; 2005年 * 2005年には全日本プロレス、ZERO1-MAXにも出場し、静岡プロレスでは団体エースとして活躍した。グレートプロレスリングにも参戦するなど活動の幅を広げている。 : デビュー当時、その頃は素顔だった菊タローに憧れていて、シングルマッチで初めて対戦した時は、デビュー戦よりも緊張したそうである。試合技術が「しょっぱい」ことから、試合に勝ったり、タイトルを取ったりすると必ずブーイングが巻き起こる。更には新木場1stRINGで自身の看板を設置しており、ファンから顰蹙を買っていた(現在は契約終了により撤去済)。 ; 2006年 * 12月31日、後楽園ホールで行われるインディー・サミットで行われる社長ランブルへの出場を画策し、静岡プロレス社長に就任。しかし勝手にある選手の許可を得たと触れ回り出場を志願したことで関係者の顰蹙を買い、出場は流れた。 ; 2008年 * 5月18日、新宿FACEにてデビュー10周年記念興行を開催した。 * 10月18日に新木場1stRINGで行われた佐野主催の合同練習内にて、練習に参加したレスラー同士でダブルインパクトの練習を行ったところ、技を受けた選手が後頭部から落下、首を強打する事故が起きた。技を受けた選手は、事故から6日後の10月24日に息を引き取るといった最悪の事故となった(詳細は''2008年10月18日のリング禍''を参照)。 ; 2009年 * 2月26日、死亡事故の当事者である他2名とともに業務上過失致死罪として死亡した新人レスラーの遺族から刑事告訴を受けている。 ; 2010年 * 8月27日、上記死亡事故について業務上過失致死容疑で、当事者である他2名とともに警視庁東京湾岸警察署から東京地方検察庁に書類送検された。〔2010年8月27日 『死亡事故でプロレス団体代表らを書類送検 』 nikkansports.com より〕 ; 2012年 * 5月5日、自主興行「TRUE〜ッス#1」を開催。これがTAKESHIBAコロシアムのこけら落としとなった。 * 7月15日、ガッツワールド vol.54(東京・西調布大会)にて、「社長権争奪3WAYマッチ」として梁和平、CHANGO(前社長)と対戦し、梁に鎌固めで勝利して社長となった。その際、社長の権限を発動してガッツ石島のリングネームを健ちゃんに改名させた。 * 9月29日、ガッツワールド vol.56(東京・新木場1stRING)にて、GWC認定シングル選手権&ガッツワールド社長権争奪戦で健ちゃんと対戦して敗退。これにより、佐野は社長を解任されて、健ちゃんは元のリングネームに戻った。 ; 2013年 * 自主興行「プロレス佐野魂」を開催。 ; 2014年 * プロレス佐野魂の両国進出を2015年に行うと発表。 ; 2015年 * 4月11日、みちのくプロレスで活躍中のムーの太陽に入信するもブーイングをくらいまくる。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「佐野直」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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