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修学院駅 : ミニ英和和英辞書
修学院駅[しゅうがくいんえき]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

修学 : [しゅうがく]
 (n,vs) learning
: [がく]
 【名詞】 1. learning 2. scholarship 3. erudition 4. knowledge 
学院 : [がくいん]
 【名詞】 1. institute 2. academy 
: [えき]
 【名詞】 1. station 

修学院駅 : ウィキペディア日本語版
修学院駅[しゅうがくいんえき]

修学院駅(しゅうがくいんえき)は、京都府京都市左京区山端壱町田町にある叡山電鉄叡山本線駅ナンバリングE05
== 歴史 ==

開業当時は現在より約100メートル北側にあり、駅出口は現在駅前にあるプラザ修学院の裏の道に面していて、ここが駅前通りとなっていた。駅構造、配線等は現在とほぼ同じであった。駅業務ならびに運輸関係の事務所は駅西側、現在の北山通あたりにあり、駅前通を挟んで離宮道との間(現在の京福マンションの位置)にも事務所や倉庫があった。東側のホーム裏(現在の北山通の位置)は車庫裏というべき場所で、草むした線路の上に廃台車や部品が放置されていた。
1960年代までは出町柳方面行きホームの入口脇に売店があり、出札窓口を兼ねていたが、通常時は上下ホームともに集札は乗務員と駅員によって車両ドア付近で行われており駅への出入は自由であった。
1970年に北山通の建設により南へ約100メートルほど移動し、事務所も現在のトイレ横の建物に移動している。なおこの建物は叡山電鉄として独立してから、出町柳駅隣接のビルが完成するまで本社事務所(2012年現在でも登記上の本店所在地)となっていた。駅前通りにあった商店の多くは駅東側のプラザ修学院(半数は店舗付住宅)に移動した。
1980年頃の東側住宅地は学生アパートなどが多く、駅周辺にも牛丼屋・ハンバーガーショップ・中華レストランといったファーストフード店が進出し、ある意味華やかであった時代である。しかしこれらの店舗は当駅の利用客減少や、京都市内の大学の南部移転などで主な客層である学生が減ったため撤退している。
その一方、修学院車庫では北山通の建設で一部建物の移動ならびに配線変更が行われ、入口に近い所の分岐器が叡山電鉄で唯一の複分岐器となり、倉庫兼休憩所として用いられていたデナ1形廃車体が撤去されている。その後、ローズマンションが建設され、事務所が構内東側に移転するなどしているが配線等はほぼこの時点のままである。


抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「修学院駅」の詳細全文を読む




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