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修羅の棲む家 : ミニ英和和英辞書
修羅の棲む家[しゅら]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

修羅 : [しゅら]
 【名詞】 1. fighting 2. scene of carnage
棲む : [すむ]
  1. (v5m) to live 2. to (of animals) inhabit
: [いえ, け]
  1. (suf) house 2. family 

修羅の棲む家 ( リダイレクト:西舘代志子 ) : ウィキペディア日本語版
西舘代志子[にしだて よしこ]
西舘 代志子にしだて よしこ 1940年10月 - )は日本評論家、緑化運動家。旧名西舘好子、井上好子〔井上ひさしと結婚していた当時。ただし戸籍上は実家の内山姓で、井上の側が本名では「内山」であった。〕。近年は再び西舘 好子名義で活動している。「NPO日本子守唄協会」理事長。
== 概要 ==

*旧姓名内山好子として東京市浅草区鳥越のかもじ職人の次女に生まれ、文学に親しんで育つ。
*大妻中学校・高等学校卒業後は電通に勤めていたが、1961年12月、井上ひさしと結婚〔井上が電通のディレクターから寸借詐欺に遭ったとき、好子もまた被害者の一人だった。このことが井上と交際を始めるきっかけだった。交際開始後、1週間で井上と最後の一線を越えたという。團伊玖磨対談集『毒ヘビは急がない』p.342(文春文庫1980年)における井上の発言を参照。〕。1963年に長女、1965年に次女、1966年に三女を出産。
*1983年1月、こまつ座誕生に伴い、こまつ座の運営に参加。1984年4月、こまつ座旗揚げ公演『頭痛肩こり樋口一葉』の台本が遅れたことから井上と不和になり、こまつ座舞台監督の西舘督夫と親しくなる。
*1984年5月、『the 座』誌編集長就任。1985年暮、井上家を出る。1986年6月、井上と離婚。離婚記者会見の際の発言「自分に正直に生きたい」は流行語となる。この頃、『ペントハウス』からヌードモデルにならないかと誘われ断っている〔『サンデー毎日』1986年10月26日号、p.47。〕。離婚後は正論などフジサンケイグループの著作物の寄稿常連となる。
*1987年3月、西舘督夫と再婚。二人で劇団「みなと座」を旗揚げしたが、16公演で解散。以後、評論活動を始める。1995年第17回参議院議員通常選挙新党さきがけ公認で千葉県選挙区から出馬するが落選。
*1996年、はまの出版から著書『修羅の棲む家』を上梓、井上による凄惨な家庭内暴力を暴露し波紋を呼ぶ。
*2000年10月、還暦を機に代志子と改名。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「西舘代志子」の詳細全文を読む




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