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元好問(げん こうもん、1190年(明昌元年) - 1257年11月4日(蒙哥7年9月4日))は、金末期の詩人。太原(山西省)出身。字は裕之、号を遺山という。父は元徳明〔元徳明の「徳明」は字であり、諱は不明(小栗『元好問』、6頁)。〕、兄は元好古。 == 生涯 == === 若年期 === 4世紀に北魏を建国した鮮卑拓跋部の嫡流である拓跋氏の皇族である常山王拓跋遵、唐代の詩人・元結を祖先に持つ〔小栗『元好問』、3頁〕〔鈴木『元好問』、18頁〕〔小栗『元好問』、6頁〕。 1190年に太原府忻州秀容県(現在の山西省忻州市)で、元徳明と王氏の三男として生まれる〔。生後7か月で叔父の元格と張氏夫妻の養子となり、彼らに育てられた。養父の転勤で山東、陝西などで暮らしたこともあったが、後年に河南に避難するまでの間のほとんどの時期を山西で過ごした〔。 好問は7歳の時から詩作を行い、神童と称された〔。14歳のときに転居先の陵川で郝天挺に師事、太原で実施された郷試の受験に挑戦し始める〔小栗『元好問』、7頁〕。郝天挺のもとでは科挙の受験指導よりも、諸子百家の思想〔田中「元好問」『アジア歴史事典』3巻、149頁〕、人間の本質についての講義に重点を置いた授業を受け、隠遁生活についての憧れを募らせる〔鈴木『元好問』、20頁〕。20歳前に張氏を妻に娶り、結婚から間も無く長女・元真をもうけた。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「元好問」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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