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入江大和 : ミニ英和和英辞書
入江大和[いりえ]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [にゅう]
 【名詞】 1. go in 
入江 : [いりえ]
 【名詞】 1. inlet 2. cove 3. creek 4. bay 
: [こう, え, ごう]
 【名詞】 1. inlet 2. bay 
大和 : [やまと]
 【名詞】 1. ancient Japan 
: [わ]
 【名詞】 1. (1) sum 2. (2) harmony 3. peace 

入江大和 ( リダイレクト:入江秀忠 ) : ウィキペディア日本語版
入江秀忠[いりえ ひでただ]

入江 秀忠(いりえ ひでただ、1969年6月17日 - )は、日本男性総合格闘家プロレスラー。現在の長崎県対馬市出身。福祉施設の副施設長や、企業投資家としての側面もある。キングダムエルガイツ代表、総合格闘技ジム聖蹟桜ヶ丘ファーストスピリット代表。総合格闘技ジムキングダム立川コロッセオ代表。キングダムネットワーク(聖蹟桜ヶ丘、立川、対馬、札幌、横浜、目黒、福生、国分寺、稲城若葉、調布準備室、各支部)総代表。オールジャンル融合イベントGRAND SLUM総合プロデューサー。ケージ(金網)付きイベントホール『立川コロッセオ』総支配人。
一時期、リングネームを入江 大和(いりえ やまと)としていた。
現在のリングネームは、超人イリエマン。
== 来歴 ==
高校中退後、18歳で大相撲佐渡ヶ嶽部屋に入門、琴入江(こといりえ)の四股名1988年5月場所に初土俵を踏むが、1989年3月場所を最後に廃業。新弟子の頃、勝利した相手に土俵上からドロップキックをお見舞いするという前代見聞の大事件を起こしたこともある。
大相撲廃業後、日本大学に相撲特待生として入学、当時の先輩には、舞の海秀平や、肥後ノ海直哉らがいた。途中から国士舘大学に編入。卒業後、修斗に入門しわずか7か月で1995年全日本アマチュア修斗選手権ヘビー級優勝。1回戦の対戦相手予定だったのは村上和成(欠場)、決勝戦の相手は藤井克久である。
アマチュア修斗はヘビー級の選手層が薄く、同じ選手との対戦ばかりやその選手が欠場すれば代替選手が見つからずに試合自体がなくなる状況に憂いを感じ、他の格闘技への転向を計る。1997年に全日本コンバットレスリング大会優勝。1998年にUWFの直系団体キングダムに練習生として入門。しかし、わずか数か月で団体が実質的に崩壊したため、キングダム代表者であった鈴木健の許可を得て、名称を受け継ぎ、キングダムエルガイツに団体名称変更。「ガチンコで戦ってくれるプロレスラー」を呼んで対戦を繰り返すが、入江に負けて名が傷つくのが嫌な選手(U系含む)は対戦を拒否。結局、埼玉プロレスサバイバル飛田プロレスリング求道軍幸村ケンシロウなどと戦って勝利する。
2000 - 2001年頃は盛んにヒクソン・グレイシーとの対戦を標榜するが、ヒクソンにはまったく無視される。「ヒクソンと戦った経験のある日本人と対戦して勝つことがその目標に近づくこと」と考えるが、ほとんどの対戦希望選手には無視・拒否をされる(DDTプロレスリング参戦時、木村浩一郎は対戦アピールを受けたが、実現せず)。唯一、対戦に応じた西良典も対戦数日前になって欠場(拒否?)し、その後は関係断絶(詳細は西良典の記事を参照)。さらに大会運営の問題(入場テーマ曲が途中で終わってしまう、テーマ曲を間違える、選手管理の甘さ、など)が次々と露呈し、弟子である選手が大量離脱する。
2001年11月21日、パンクラス稲垣克臣とキングダムエルガイツのリングで戦い判定勝ちし、パンクラス・DEEPなどの他団体にもキングダムを背負って上がるようになる。同時に、DEEP代表佐伯繁との長きに渡る関係が始まる。
2004年6月26日、韓国の格闘技イベント「Gladiator Fighting」に参戦して、ダン・スバーンと対戦するも判定負け。その後、ビデオテープの映像でスバーンのタップが公式に認められ、主催者のCMA代表諸岡が入江勝利を発表した〔[DEEP] 10.30 後楽園:受太郎、ウェルター級王者に BoutReview 2004年11月20日〕。現在、DEEP非公認ヘビー級王者である。
2007年2月25日、K-1 JAPAN TRYOUTに参加。2月1日に起こした交通事故で頸椎を損傷していたのにもかかわらず、腕立て伏せ、腹筋、スクワットの基礎体力テストでは全参加者中断トツの体力数値を残すもドクターストップによりスパーリングを受けられず、落選となった〔インディー格闘家・入江秀忠 K-1トライアウト挑戦記 2007年2月27日〕〔【K-1】トライアウトにGRABAKA・山宮、ライズ・百瀬、チームドラゴン3名など、9名が合格 格闘技ウェブマガジンGBR 2007年2月25日〕。
2007年6月16日の「club DEEP 東京」「おやじDEEP」、6月17日の「DEEP X」と、格闘技史上初となる2日間で3連戦3連勝した。
2007年12月12日、DEEP 33 IMPACTの桜木裕司戦ではついにメインイベントに登場したが、ドローに終わった。
2009年1月4日、戦極初参戦となった戦極の乱2009のオープニングファイトで加藤実と対戦し、マウントパンチによりTKO勝ちを収めた。
2010年1月21日、自身がオーガナイザーを務める新宿区歌舞伎町のイベントスペースPINK BIG PIGで記者会見を行ない、UFC代表ダナ・ホワイト、K-1谷川貞治イベントプロデューサー、SRC稲村角雄営業統括本部長、DREAM笹原圭一イベントプロデューサー、Strikeforce代表スコット・コーカーのメジャー5団体に「格闘家としての遺書」を送りつけると宣言。さらには石井慧への挑戦を表明した。
2010年6月20日、SRC本戦初出場となったSRC13川村亮と対戦し、TKO負け〔【SRC戦極】最強チャンピオン誕生!サンドロが金原をわずか38秒でKO、王座を奪取(2) 格闘技ウェブマガジンGBR 2010年6月20日〕。7月22日、SRC13での試合内容が評価され、SRC向井徹社長から敢闘賞として試合で使用したグローブをあしらったオブジェを贈られた。
2011年4月29日、初進出となったキングダムエルガイツ渋谷O-EAST大会で、自身が発案した戦<fight>技術力<skill>芸術性<art>3部門のオブザーバーによる評価点で試合を争う格闘技でもプロレスでもない新競技「ARCADIAルール」を発表し、自らメインを務めた。
2012年4月30日、キングダム新宿FACE大会での試合勝利後、かねてから念願だったミノワマンとの対戦をマイクアピールで熱望した。
2013年4月26日、DEEPのビックマッチであるTDCホール大会に突如リングインして“超人”イリエマンになると宣言。自らの新オリジナルホールド“IRIロック”を披露して再びミノワマン戦へ強烈にアピールした。
2013年9月29日、グラディエーターディファ有明大会でミノワマンの試合終了後にリングに突如乱入。ミノワマンと初遭遇を果たし、11月24日のキングダムエルガイツ新宿FACE大会での対戦をアピールしたが、ミノワマンにはあっけなく断られた。
しかし、その後にミノワマンからの対戦を受諾するという手紙が届き、キングダムのリングでの対戦が決定した。
2013年11月24日、キングダムエルガイツ東京大会〜KINGDOM SPIRIT 2013〜新宿FACE大会で、ミノワマンVSイリエマンの”超人対決”がついに発表された。なお、この試合はDEEP代表佐伯繁氏への自身の粘り強い交渉をへて、試合の結果次第では入江念願の正式タイトルマッチが組まれるというDEEP初代ヘビー級王者決定戦査定試合として行われることとなった。
試合当日、新宿FACE前には開場を待つ400人以上のファンで長蛇の列ができるほどの盛況となった。超満員札止めの中おこなわれた試合はミノワマン、イリエマンともにエスケープを一つずつ取り合う接戦となり、試合をドローとなったことによりタイトルマッチの査定試合の結果は後日に持ち越しとなった。
2014年1月1日、キングダムエルガイツ東京大会〜KINGDOM SPIRIT 2013〜新宿FACE大会のDVDが発売されることとなった。
所属はキングダムエルガイツ、立川柔術稲妻 DEEP 戦極 KINGDOMなどでヘビー級 ライトヘビー級で活躍。初代DEEPヘビー級王者 初代・第2代キングダムエルガイツヘビー級王者となり、格闘技界最大の団体『UFC』で3度王者に輝き、UFC殿堂入りも果たし、あのヒクソン・グレーシーよりも強いと言われていたダン・スバーン(格闘技参戦時のネームはダニエル・スバーン)に韓国世界大会で1本勝ち。1説にはイリエマンがUFCに選手として興味を示さないのはこの出来事があったからと言われている。但し、UFCに弟子を送りこむことは熱望している。キングダムエルガイツ新宿FACE大会でボブ・サップ、チェ・ホンマン、ソクジュなど錚々たるメンバーを倒しDREAMスーパーハルクトーナメント王者になって間もないミノワマンと“超人対決”を実現し、引き分けはしたが業界を騒然とさせてみせた。2015年にはお笑い芸人の”ねづっち”のキングダムエルガイツへの格闘技参戦契約をして業界の大きな話題づくりをした。
2015年11月2日、自身の会社が運営するケージ付きイベントスペース『立川コロッセオ』で柔道三段のねづっちと柔道対決を制し、TV・新聞・ラジオ・ヤフーニュースTOPを飾るなど話題になった。選手としてだけではなくプロデューサーとしての才覚も持ち、自身がプロデュースした女子格闘技「立川女子格闘技伝説T-REX」、金網ボクシング風大会「ナックルファイターズ」、一切の西洋言葉禁止の和式キックボクシング「立川格闘技列伝―剣豪ー」、そして“Mr.なぞかけ”ねづっちが参戦した「お笑い!×バーリトゥード」などすべてが格闘技情報サイト『イーファイト』でアクセスランキング1位を記録した。(最大1〜7位まですべて入江コンテンツで埋められたこともあった。)
2015年11月4日、格闘技団体の雄パンクラスと同等の業務提携を発表し、“立川からUFC王者を!”をスローガンに『立川ケージプロジェクト』推進している。パンクラスとの提携会見同日、いきなり退席した入江代表のかわりに“超人イリエマン”が会見に乱入。昔、パンクラス所属だったDREAMスーパーハルクトーナメント王者の超人ミノワマンと、UFC3度王者のダン・スバーンを撃破した自身との“超人対決決着戦”をぶち上げ、同時にパンクラス酒井正和代表に向けて”パンクラスレジェンド”のベルトを新設し、この試合にそれを賭けろと無理難題を要求した。
 

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「入江秀忠」の詳細全文を読む




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