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(n) the large number of temples in Kyoto =========================== ・ 八 : [やつ] (num) eight ・ 八百 : [はっぴゃく] (n) eight hundred ・ 八百八寺 : [はっぴゃくやでら] (n) the large number of temples in Kyoto ・ 百 : [ひゃく] 1. (num) 100 2. hundred ・ 寺 : [てら] 【名詞】 1. temple
京都(きょうと、みやこ、きょうのみやこ、)は、日本の都市の1つである。 都、京とも言い、歴史的には794年に日本の首都に定められた都城・平安京で、当時は日本の政治・文化の中心地であった。 == 名称 == === 「京都」の由来 === 東アジアでは古来、歴史的に「天子の住む都」「首都」を意味する普通名詞として京(きょう)、京師(けいし)が多く使用されていた。西晋時代に世宗(司馬師)の諱である「師」の文字を避けて京都(けいと)と言うようになり、以後は京、京師、京都などの呼び名が用いられた。 日本でも飛鳥京や恭仁京などが京都とも呼ばれた。平安京において「京都」〔平安京に関する「京都」の名は文献上『中右記』承徳2年(1098)3月21日条が初出。この「京都」が普通名詞なのか固有名詞なのかは判断が難しい。〕が、定着したのは平安後期からで、京や京師という呼び名も併用されていた。その後、次第に「京の都」(きょうのみやこ)、「京」(きょう)、「京都」(きょうと)が平安京の固有名詞〔「京都」が平安時代以降明治維新に至るまで、固有名詞として認知されていたかは難しい問題である。それは東京奠都後の京都において、施政者・知識人の間で「東京」に対抗して「西京(さいきょう)」の呼び名が意識的に使用されたことに伺える。彼らは「東京へ遷都したわけではない」と強弁しつつも「京都とは皇居のある都市」との認識があり「京都」を名乗り続けることへの逡巡もあったのであろう。「京都」が固有名詞として確認されるのは、東京奠都後の明治4年、廃藩置県により「京都府」が設置された時である。〕のようになり、定着していった。造都当時は「北京」とも呼ばれた。対して奈良のことを「南京」と呼んでおり、以後長らく奈良の代名詞「南都」として多用された。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「京都」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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