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六壬神課(りくじんしんか)は、およそ2000年前の中国で成立した占術である。時刻を元に天文と干支術を組み合わせて占う。単に「六壬」と呼ばれることもある。時刻から天文についての情報を取り出すとき、式盤 〔栻(ちょく)ともよばれる。〕 と呼ばれる簡易な器具を使用することがある。つまり式占の一種 〔このような式盤を使用する占術である式占には他に、太乙式、遁甲式があり、「六壬式」と合わせて三式と総称されている。三式それぞれに特有の式盤がある。また雷公式を加えて四式と呼ぶこともあった。〕 で、六壬式や玄女式とも呼ばれている。玄女式の名称は、六壬神課が女神である九天玄女娘娘から伝えられたとする伝説に由来する。 == 概要 == 六壬神課では月将とよぶ太陽の黄道上の位置の指標と時刻の十二支から、天地盤と呼ぶ天文についての情報を取り出し、これと干支術を組み合わせて占う。月将は西洋占星術のサン・サインと1対1の関係があり、天地盤はサインとハウスだけから構成されるホロスコープに等しい。天地盤を作成するときに式盤と呼ばれる簡易な器具を使用することがある。 平安時代 - 鎌倉時代にかけて、陰陽道を統括していた陰陽寮では黄帝龍首経等の六壬神課のテキストが使用されていた。また平安時代の著作である新猿楽記では十君夫が陰陽先生の賀茂道世である。この賀茂道世は架空の人物ではあるが、六壬のテキストである『金匱経』等を読みこなしており「四課三伝明々多々也」とある。このことから当時、六壬神課は陰陽師にとって必修の占術であったと考えられる。なお金沢文庫に伝わっている『卜筮書』は完本ではないが、六壬を解説した最古の写本であることが判っている。 陰陽師として有名な安倍晴明は『占事略决』という六壬の解説書を子孫のために残したとされる。また安倍晴明を含めて、朝廷の諮問により陰陽師が六壬を使って占った結果は、六壬式占文という形で答申がおこなわれた。六壬式占文のいくつかは現代に伝わっている〔晴明自身による六壬式占文も伝わっている。〕。 日本における六壬神課の伝承は江戸時代にはほぼ途絶えてしまったようである。一方、中国では伝承が途絶えることがなく、時代を経て風格の異なる六壬が生み出されてきた。昭和初期に阿部泰山が、六壬の古典の一つである『六壬尋源』を『天文易学六壬神課』として翻訳して公開したことで、再度六壬が日本に紹介され現在に至っている。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「六壬神課」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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