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内藤正友 : ミニ英和和英辞書
内藤正友[ないとう まさとも]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [うち]
 【名詞】 1. inside 
: [ふじ]
 【名詞】 1. wisteria 
: [ただし, せい, しょう]
 【名詞】 1. (logical) true 2. regular 
: [とも]
 【名詞】 1. friend 2. companion 3. pal 

内藤正友 : ウィキペディア日本語版
内藤正友[ないとう まさとも]

内藤 正友(ないとう まさとも)は、江戸時代前期から中期にかけての大名武蔵赤沼藩の第2代藩主。のち信濃岩村田藩の初代藩主。岩村田藩内藤家2代。
寛文3年(1663年)、赤沼藩の初代藩主内藤正勝の長男として生まれる。元禄7年(1694年)8月7日、父が大坂定番に在職中に死去したため、その家督を継いだ。元禄16年(1703年)、大坂定番となり知行地を信濃岩村田に移された。その際、全37か条からなる領内法度を発した。
正徳元年(1711年)8月7日に死去した。享年49。長男の正能が元禄14年(1701年)9月4日に早世していたため、家督は次男の正敬が継いだ。
== 出典 ==

*「寛政重修諸家譜 巻第815」




抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「内藤正友」の詳細全文を読む




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