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円谷 浩(つぶらや ひろし、1964年3月8日 - 2001年7月24日〔『宇宙刑事シャイダー』、円谷浩氏が死去 - CINAMA TOPICS ONLINE、2012年4月21日閲覧。〕)は、日本の俳優。本名は円谷 寛(読み同一)〔。 東京都世田谷区出身。堀越高等学校卒業〔。身長180cm、体重68kg〔。血液型はO型。 ==来歴・人物== ウルトラシリーズなどの特撮番組で知られる円谷プロダクションの一族出身であり、祖父は円谷英二、父は円谷一で、クリスチャンである。また円谷昌弘(円谷プロダクション第5代社長)、円谷英明(円谷プロダクション第6代社長)を兄にもち、妹には円谷一美(旧名:又紀仁美、シンガーソングライター)がいる。 高校卒業後、円谷プロダクションに入社する。同プロダクション芸能部所属の俳優第1号となり、1982年、テレビドラマ『特捜最前線』のゲスト出演でデビューした。1984年には『宇宙刑事シャイダー』で初主演を果たし、アクション俳優でないにもかかわらず、主人公・沢村大役を体当たりで演じた。趣味は球技。特技は殺陣〔、乗馬〔。 その後も『ウルトラマンダイナ』のミヤタ参謀など、円谷プロの各ヒーロー番組で重要な役を務めたほか、数々の映画・テレビ作品に出演した。『ウルトラマンティガ』の番外編的かつ円谷プロ黎明期へのオマージュ的なエピソードである「ウルトラの星」(第49話)では『ウルトラQ』の本編撮影を演出する父・円谷一の役を演じた。 だが、俳優活動の中心であった東映京都撮影所では、健康管理に対する意識の低さから連日スタッフや共演者と飲む日々が続いた。このため肝臓を痛めてしまい〔円谷英明『ウルトラマンが泣いている-円谷プロの失敗』講談社現代新書2215 2013年 ISBN 978-4-06-288215-6 P.72〕、2000年に体調不良を理由に俳優を引退した。その後は円谷プロダクション芸能部マネージャーを務めていたが、翌2001年7月24日、神奈川県相模原市の病院で肝不全のため死去した。〔。 小西博之とは友人であった。小西によると『ウルトラギャラクシー大怪獣バトル』で円谷に捧げる意味で自分の役名を「日向浩」に変更してもらったという。〔特撮ニュータイプ.2008年1月号.インタビューより〕 『宇宙刑事シャイダー』の撮影現場では役名にちなみ、「大」「大ちゃん」などの愛称で親しまれていた。アクション監督の金田治からはなぜか「ダイスケ」と呼ばれ、後年誕生した自身の息子に「大介」と名付けたという。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「円谷浩」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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