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前田利爲 : ミニ英和和英辞書
前田利爲[り]
=====================================
〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [た]
 【名詞】 1. rice field 
: [り]
 【名詞】 1. advantage 2. benefit 3. profit 4. interest 

前田利爲 ( リダイレクト:前田利為 ) : ウィキペディア日本語版
前田利為[まえだ としなり]

前田 利為(まえだ としなり、1885年(明治18年)6月5日 - 1942年(昭和17年)9月5日)は、日本華族陸軍軍人。最終階級は陸軍大将。旧加賀藩前田本家第16代目当主(侯爵)である。
== 経歴 ==
陸軍士官学校第17期卒業。先妻は15代当主前田利嗣の娘・前田漾子(なみこ、夫と同行したヨーロッパ滞在中に病没)。後妻は伯爵酒井忠興の娘・菊子。ちなみに菊子は久邇宮朝融王に理由不明のまま一方的に婚約を破棄されたという経歴を持つ。子女は、先妻との間に前田利建(第17代当主)、後妻との間に前田利弘『人事興信録. 第13版(昭和16年)』 (国立国会図書館近代デジタルライブラリー)〕(子爵 大聖寺藩主家を相続)、酒井美意子(長女、従兄の酒井忠正の子の酒井忠元の妻)。
* 1885年(明治18年)6月5日 - 旧七日市藩前田利昭の五男として生まれる。初名は
* 1900年(明治33年)1月 - 前田本家第15代当主の前田利嗣の養嗣子となり、6月13日に家督を相続する。
* 1910年(明治43年)6月4日 - 満25歳に達し貴族院侯爵議員となる〔『官報』第8085号、明治43年6月6日。〕。
* 1911年(明治44年)11月29日 - 陸軍大学校(23期)を卒業し恩賜の軍刀を賜る。
* 1913年(大正2年) - ドイツヘ私費留学、その後イギリスに渡る。
* 1916年(大正5年)11月5日 - 藍綬褒章受章〔『官報』第1283号、大正5年11月10日。〕
* 1923年(大正12年)8月7日 - 近衛歩兵第4連隊大隊長となる。
* 1927年(昭和2年)7月26日から1930年(昭和5年)8月1日まで駐英大使館附武官となる。その後、近衛歩兵第2連隊長となる。
* 1935年(昭和10年)3月15日 - 参謀本部第四部長となる。
* 1937年(昭和12年)8月2日 - 第8師団師団長親補される。
* 1939年(昭和14年))1月31日 - 予備役に編入される。
* 1942年(昭和17年)
 * 4月6日 - ボルネオ守備軍司令官となる。
 * 9月5日 - ボルネオ沖で搭乗機が消息を絶つ。後に残骸と遺体が発見される。愛用していた軍刀「陀羅尼勝国」はくの字に曲がっていたという。正二位に叙せられ、陸軍大将となる。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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英語版ウィキペディアに対照対訳語「 Toshinari Maeda 」があります。




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