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前野淳一郎(まえの じゅんいちろう、大正15年12月- )は、日本の造園家。観光学者。株式会社フォーサイト技術顧問。技術士(技術士建設部門・都市及び地方計画)。社団法人日本造園学会名誉会員。日本自然保護協会自然観察指導員他。造園や観光分野で活躍し地域振興をふまえた観光開発とレジャー・レクリエーション計画に従事していたが、現在は地元東京阿佐ヶ谷で、杉並まちづくり研究会エポス、桃園川を愛でる会などの活動を行う。 日本レジャー・レクリエーション学会会長、財団法人公園緑地管理財団オートキャンプ研究会副会長などを歴任。その他日本オートキャンプ協会理事、社団法人国際観光施設協会理事、日本観光研究学会評議員、財団法人日本レクリエーション協会評議員、財団法人日本造園修景協会評議員、日本レクリエーション協会レジャーレクリエーション研究所運営委員、社団法人日本ネイチャーゲーム協会理事などをつとめている。 東京阿佐ヶ谷北生まれ。 == 略歴 == 東京府立の旧制第十中学校の一年生のころまで阿佐ヶ谷で育つ。1940年に満州国首都旧新京(現長春)に転入。その後東京大学農学部林学科に進学。観光施設計画をテーマに箱根を研究する。 1952年に卒業後、林学科造林学第2講座造園学教室助手を務め、造園学と都市観光開発の研究に従事する傍ら、日本造園学会事務局を通じて当時東京大学農学部農学科園芸第二講座助手の池原謙一郎と面識をもち、1957年に造園懇話会を発足させる。その後、財団法人国民休暇村協会を経て、雑誌『国際建築』の発行人をしていた田辺員人とランドスケープコンサルタントのスペースコンサルタンツを設立。また母校東京大学をはじめ、いくつか大学や教育機関の講師を務める。国内全国各地の他、中国からも招へいされて観光計画立案に従事。 昭和45年度、茨城県観光計画策定その他一連の観光計画で、日本造園学会賞(設計計画作品部門)受賞。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「前野淳一郎」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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