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劉瀬章 : ミニ英和和英辞書
劉瀬章[りゅう せしょう]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [りゅう]
 【名詞】 1. axe 2. kill 
: [せ]
 【名詞】 1. current 2. torrent 3. rapids 4. shallows 5. shoal 
: [しょう, あきら]
 【名詞】 1. (1) chapter 2. section 3. (2) medal 

劉瀬章 : ウィキペディア日本語版
劉瀬章[りゅう せしょう]

劉 瀬章(りゅう せしょう、1911年 - 1972年)は、中国出身の元プロ野球選手投手)。
日本プロ野球南海軍に在籍した。
== 来歴・人物 ==

日本本牧中学ではエース投手として活躍。右のアンダースロー投手であった。
本牧中を卒業後、法政大学へと進み同野球部へ入る。東京六大学野球リーグ戦1932年秋シーズンにおいて若林忠志と共に法政2度目の優勝に貢献した。
1938年に発足したばかりの南海軍へ入団。同年7月24日、南海初の公式戦となる「第2回読売優勝大会」の対ライオン軍戦に先発投手として登板したが、3回3失点で降板、チームも8対5で敗れている。続く7月28日の阪急軍との「南海結成記念試合」でも先発したが、こちらは3回降雨コールドゲームに終わっている。〔南海ホークス刊『南海ホークス四十年史』84ページ〕。1940年4月6日の対阪急軍戦で先発するものの1アウトも取れずに4安打1四球4失点で降板、試合は32対2で記録的大敗となっている。この後も名古屋軍戦でも2対14で大敗するなど、1つも勝てずに6連敗で〔講談社刊 宇佐美徹也著「日本プロ野球記録大鑑」559ページ〕現役を引退した。
政野岩夫平野正太郎と並んで「南海のアンダースロー三人衆」と呼ばれた〔職業野球!実況中継(14年 南海vsセネタース 5回戦) 〕。決め球はシンカーだった。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「劉瀬章」の詳細全文を読む




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