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北ノ国仁 : ミニ英和和英辞書
北ノ国仁[きた, ほく]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [きた, ほく]
 (n) north
: [くに]
 【名詞】 1. country 
: [にん, じん]
 (n) kernel

北ノ国仁 ( リダイレクト:北ノ國仁 ) : ウィキペディア日本語版
北ノ國仁[きたのくに ひとし]
北ノ國 仁(きたのくに ひとし、本名:斎藤 仁(さいとう ひとし)、1938年1月15日 - )は、1960年代半ばに活躍した北海道札幌市西区出身の大相撲力士立浪部屋に所属していた。現役時代の体格は178cm、124kg。得意手は左四つ、寄り。最高位は東前頭10枚目(1964年7月場所)。
== 来歴・人物 ==
17歳の時に立浪部屋の世話人・中ノ島からスカウトを受け、家族らの反対を押し切って角界入り。1956年1月場所で初土俵を踏み、同年5月、「立ノ花」の四股名序ノ口に付いた。
以来、順調に番付を上げ、1962年5月場所で新十両に昇進。そして、1964年5月場所で新入幕を果たした(その間、「立ノ花」→「立乃花」→「大國」→「北ノ國」と3度改名している)。
しかし、生来の気の弱さが災いして大成できず、幕内在位は通算8場所に留まった。幕内で勝ち越したのは、新入幕の場所と1966年3月場所の2場所だけである。
現役晩年は幕下3枚目まで陥落し、1968年3月場所を以って、30歳で廃業。同場所では4勝3敗と勝ち越し、最後の意地を見せている。
廃業後は帰郷し、札幌市内で相撲料理の店を経営した。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「北ノ國仁」の詳細全文を読む




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