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北海道炭礦汽船会社 : ミニ英和和英辞書
北海道炭礦汽船会社[ほっかいどうたんこうきせん]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [きた, ほく]
 (n) north
北海 : [ほっかい]
 【名詞】 1. northern sea 2. North Sea 
北海道 : [ほっかいどう]
 【名詞】 1. northernmost of four main islands of Japan 
海道 : [かいどう]
 【名詞】 1. sea route 
: [すみ]
 【名詞】 1. charcoal 
炭礦 : [たんこう]
 【名詞】 1. coal mine 2. coal pit
汽船 : [きせん]
 【名詞】 1. steamship 
: [ふね]
 【名詞】 1. ship 2. boat 3. watercraft 4. shipping 5. vessel 6. steamship 
船会社 : [ふながいしゃ]
 (n) steamship (shipping) company
: [かい]
  1. (n,n-suf,vs) meeting 2. assembly 3. party 4. association 5. club 
会社 : [かいしゃ]
 【名詞】 1. company 2. corporation 
: [やしろ]
 (n) shrine (usually Shinto)

北海道炭礦汽船会社 ( リダイレクト:北海道炭礦汽船 ) : ウィキペディア日本語版
北海道炭礦汽船[ほっかいどうたんこうきせん]

北海道炭礦汽船株式会社(ほっかいどうたんこうきせん、英文社名:''Hokkaido Colliery & Steamship Co., LTD.'')は、石炭の輸入販売やガラス製品の加工販売を行う日本の株式会社である。通称は北炭(ほくたん)。「礦」の字が「砿」「鉱」「鑛」などと記された資料もある。
かつては北海道で多くの炭鉱を経営していた。財閥解体までは三井財閥に属し、その後も三井グループの一員であった。
政商とよばれた萩原吉太郎会長〔“政商ついに終えん”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (1983年8月19日)〕も一時代を築いた三井の大立者として知られる。
また、慶應義塾大学理工学部へ土地を寄附した。
現在はロシアからの石炭輸入を中心とする専門商社となっており、北海道などにはグループ会社がある。
会社は1889年明治22年)に設立された。
本店は東京都中央区日本橋小舟町にあるが、1989年平成元年)まで本店は中央区日本橋室町にあった。
かつては室蘭市に本店を置いていた北海道有数の大企業であり、上場企業でもあった(株式銘柄コードは1505)。
== 沿革 ==

* 1889年明治22年)11月18日 - 堀基が中心となって北海道炭礦鉄道会社(ほっかいどうたんこうてつどうがいしゃ)を設立。
*: 政府から現在の三笠市にある幌内炭鉱と、幌内・小樽間の官営幌内鉄道払い下げを受け、また、集治監囚人を使役できるなどの特権を与えられた。
* 1890年(明治23年) - 現在の夕張市夕張炭鉱を、現在の歌志内市に空知炭鉱を開設。
*: 炭鉱の開発と並行して炭鉱からまでの鉄道を建設し、小樽港(小樽市)、室蘭港(室蘭市)を石炭の積み出し港として整備した。石炭を輸送するを所有し、海運業も営んだ。
*1893年(明治26年) - 夕張で北炭真谷地炭鉱を開設。
*1896年(明治29年) - 商法の施行に伴い北海道炭礦鉄道株式会社に社名変更。
*1902年(明治35年) - 楓炭鉱を開設。
*1903年(明治36年) - 万字炭鉱を開設。
*1906年(明治39年)10月1日 - 鉄道国有法に伴い、北海道の幹線鉄道約200キロメートルを国に売却し、北海道炭礦汽船株式会社に社名変更。
*1907年(明治40年)11月1日 - イギリスビッカース・アームストロング社と共同して株式会社日本製鋼所を設立。
*1909年(明治42年)7月23日 - 輪西製鐵場(現在の新日鐵住金室蘭製鐵所)が操業開始。
*1917年大正6年)2月 - 輪西製鐵場を北海道製鐵株式会社として分社化(1919年に日本製鋼所に合併)。
*1926年(大正15年) - 石炭火力発電所である清水沢電力所を竣工。
*1942年(昭和17年) - 所有船舶を三井船舶(現在の商船三井)に譲渡し、海運業から撤退。
*1949年(昭和24年)5月16日 - 東京証券取引所に株式上場。
*1958年(昭和33年)
 * 3月 - 埼玉県戸田市に石炭化学研究所を開設。
 * 8月27日 - 北海道不動産株式会社(現在のグランビスタ ホテル&リゾート)を設立。
*1959年(昭和34年)4月1日 - STV札幌テレビ放送開局。
*1963年(昭和38年)
 * 夕張鉱業所第三鉱を分離し新夕張炭鉱開山。
 * 空知炭鉱を分社化し、空知炭礦株式会社設立〔新歌志内市史 1994年3月発行。〕。
*1965年(昭和40年)
 * 2月22日 - 夕張炭鉱でガス爆発〔“北炭夕張鉱 ガス爆発”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (1965年2月23日)〕、62人が死亡。
 * 4月 - 石炭化学研究所を独立させ、北炭化成工業株式会社を設立。
*1968年(昭和43年)
 * 7月31日 - 平和炭鉱で坑内火災〔“北炭平和砿(夕張)坑内火災”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (1968年8月2日)〕、31人が死亡。
 * 9月4日 - 夕張炭鉱で崩落〔“北炭夕張 崩落”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (1968年9月4日)〕。
 * 10月1日 - 子会社の北炭商事株式会社(現在北商コーポレーション)を設立。
 * 12月26日 - 夕張炭鉱で露天掘り開始〔“始まった露天掘り現場 北炭夕張鉱 ”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (1968年12月26日)〕。
*1969年(昭和44年)5月28日 - 夕張2炭鉱で崩落〔“北炭夕張2砿崩落”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (1969年5月28日)〕。
*1974年(昭和49年)4月1日 - 夕張鉄道から夕張鉄道線を継承し、鉄道事業を再開。
*1975年(昭和50年)
 * 夕張新炭鉱が営業出炭開始。
 * 3月 - 平和炭鉱閉山〔“北炭平和鉱消える 残務要員の異動も発令”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (1975年8月3日)〕。
 * 4月1日 - 夕張鉄道線廃止。
 * 8月 - 台風により水没〔“万字閉山”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (1981年11月12日)〕。
 * 11月27日 - 幌内炭鉱でガス爆発、24人が死亡〔“北炭幌内鉱 ガス爆発で24人死亡”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (1975年11月27日)〕。
*1976年(昭和51年)3月20日 - 万字炭鉱閉山。
*1977年(昭和52年)11月1日 - 夕張炭鉱閉山〔“北炭夕張新2鉱 膜閉じる”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (1977年11月11日)〕。
*1978年(昭和53年)
 * 10月2日 - 各炭鉱ごとに別会社として分離〔“新生北炭 厳しい試練、3山分離 労使代表、再出発で決意”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (1978年10月3日)〕。
 * 10月3日 - 東証一部上場を廃止、店頭管理銘柄となる。
*1980年(昭和55年)7月19日 - 清水沢炭鉱閉山。
*1981年(昭和56年)10月16日 - 夕張新炭鉱でガス突出・坑道火災事故が発生〔“北炭夕張新鉱事故 重苦しい待機”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (1981年10月17日)〕、93人死亡。
*1981年(昭和56年)12月15日 - 夕張新炭鉱を運営してきた子会社の北炭夕張炭鉱㈱が会社更生法の適用を申請〔“北炭夕張倒産”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (1981年12月15日)〕。
*1982年(昭和57年)10月9日 - 夕張新炭鉱閉山〔“北炭夕張 閉山 そして泣いた”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (1982年10月9日)〕。
*1987年(昭和62年)10月9日 - 北炭真谷地炭鉱株式会社が運営する真谷地炭鉱が閉山〔“北炭真谷地鉱閉山から丸1年”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (1988年10月8日)〕。
*1989年平成元年)9月29日 - 北炭幌内炭鉱株式会社が運営する幌内炭鉱が閉山〔“ヤマの歴史に幕、揺れる地元”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (1989年9月30日)〕。
*1995年(平成7年)2月5日 - 会社更生法の適用を申請〔“北炭が会社更生法申請 空知砿など8社も「倒産」 負債1420億円 戦後21番目の「大型」”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (1995年2月6日)〕。
*1995年(平成7年)
 * 3月18日 - 空知炭礦株式会社が運営する空知炭鉱が閉山〔“歌志内の空知炭砿 閉山からきょうで満3年 失業なお190人 振興策は着実に 離職者手帳も期限切れ 福祉施設など続々完成”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (1998年3月18日)〕、日本国内の石炭産業から完全撤退。
 * 6月23日 - 会社更生手続き開始の決定を受ける〔“北炭の更生開始決定 札幌地裁 年内にも計画提出 空知砿も破産回避か”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (1995年6月23日)〕。
*2005年(平成17年)1月31日 - 会社更生手続完了。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「北海道炭礦汽船」の詳細全文を読む




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