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南部利淳 : ミニ英和和英辞書
南部利淳[なんぶ としあつ]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [みなみ]
  1. (n,vs) South 2. proceeding south 
南部 : [なんぶ]
 【名詞】 1. southern part 
: [り]
 【名詞】 1. advantage 2. benefit 3. profit 4. interest 

南部利淳 : ウィキペディア日本語版
南部利淳[なんぶ としあつ]

南部 利淳(なんぶ としあつ、明治17年(1884年6月25日 - 昭和5年(1930年1月1日)は、南部家第43代当主。第15代盛岡藩南部利恭の次男。兄は第42代当主南部利祥爵位伯爵
==経歴==
明治38年(1905年日露戦争で戦死した兄利祥の後を継ぎ南部家第43代当主となる。東京帝国大学在学中の明治40年に旧鳥取藩池田輝知侯爵の三女嚴子と結婚し、一男一女をもうける。
利淳夫妻は芸術に造詣が深く、利淳は彫刻や書道、嚴子は日本画や竹細工などをたしなんだ。また、夫婦で黒田清輝五味清吉石川寅治などの画家から洋画を習っている。大正3年(1914年)には盛岡に「南部鋳金研究所」を設置し、東京美術学校鋳金科出身の松橋宗明を所長として迎えるなど、南部鉄器の改良発展に貢献した。また、学生への給費制度を設けるなど、人材の育成にも貢献した。
昭和3年(1928年)に長男南部利貞を18歳の若さで失ったため、昭和4年(1929年)に一條實輝公爵の三男實英(利英と改名)を長女瑞子の婿養子として迎える。
翌昭和5年(1930年)1月1日、利淳は胃潰瘍で急逝。享年45。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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