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南部 麻子(なんぶ あさこ、安政5年(1858年) – 大正2年(1913年)12月12日)は、八戸南部氏11代当主。 ==生涯== 安政5年(1858年)、陸奥盛岡藩主・南部利剛の次女として生まれる。明治7年(1874年)2月に八戸南部氏第10代当主の南部栄信と結婚。明治9年(1876年)3月に夫が死去したため、家督を継いだ。 西南戦争の際は旧八戸藩士たちを南宗寺境内に集め、従軍を積極的に進めている。明治10年(1877年)、八戸小学校の建築に対し当時の金額で500円もの献金を行ったり、三八城神社の創建の許可を得るなど、八戸地域へ積極的な支援を行った。明治11年(1878年)5月17日に実弟・利克(南部利剛(十一男))に家督を譲り、隠居する。隠居後も和歌をたしなみ、明治末には和歌の団体「菊園会」を結成した。 三八城神社の創建時に藩主の軍装用具を神社に寄贈しており、八戸市指定文化財に指定されている。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「南部麻子」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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