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博多電気軌道(はかたでんききどう)は、かつて福岡県福岡市において路面電車(市内電車、市電)を運営していた事業者。 == 沿革 == === 創立 === 明治末期、大阪資本の福博電気軌道が九州沖縄八県連合勧業共進会に間に合わせるように、福岡市内の路面電車敷設工事を進めている中、それとは別に地元の資本家による路面電車の敷設計画もあがるようになった。 その始まりは、吉塚 - 千代町 - 築港 - 橋口間において馬車鉄道の建設を行おうとしていた博多馬車鉄道の特許を、呉服商の渡辺與八郎(渡辺通りの名の由来にもなっている)が4000万円で買収し、1910年(明治43年)1月6日に博多電気軌道として会社を設立させたことである。 渡辺は、福岡市内に循環道路を作って路面電車を敷設することを目論んでいたが、共進会の開場内を路線が通るころになったため、工事は閉会後の7月26日に開始された。 1911年(明治44年)10月2日、博多駅前(後の祇園町付近) - 天神町 - 取引所前(須崎)間で営業を開始。同年10月6日、軽便鉄道の北筑軌道(今宿 - 前原)を西方面への延伸の足がかりとして買収すると、11月14日(13日説もあり)には今宿 - 西新町 - 今川橋〔新今川橋の西詰めにあり、橋を挟んで反対側にあった博多電燈軌道の今川橋駅とは離れていた。〕間を914mmの軽便鉄道規格で開業させた。しかしこの間の10月29日には、社長に就任したばかりの渡辺が急逝する事態も発生した。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「博多電気軌道」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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