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原 保美(はら やすみ、男性、1915年1月28日 - 1997年11月19日)は、日本の俳優である〔''原保美''、allcinema, 2012年11月7日閲覧。〕。特技は宮城弁。東京俳優生活協同組合(俳協)に所属し、理事長・会長を務めた。 == 来歴・人物 == 1915年(大正4年)1月28日、東京府豊多摩郡内藤新宿町(現在の東京都新宿区新宿あるいは内藤町の地域)に生まれる。父は画家の庄子勇、母は歌人の原阿佐緒、異父兄は映画監督の原千秋である〔原阿佐緒 恋の軌跡 、原阿佐緒記念館、2012年11月7日閲覧。〕。甥に犬塚弘がいる。画家の中川一政は舅(妻の父)にあたり、義弟に映画監督の中川晴之助、姪(晴之助の娘)に女優の中川安奈がいる。 出生直後に母・阿佐緒とともに、母の郷里である宮城県黒川郡宮床村(現在の同県同郡大和町大字宮床)に移転、父の顔も知らず、異父兄の千秋とともに母の実家で育つ〔。帝国高等学院を中途退学し、オペラ歌手の下八川圭祐の下でオペラ歌手を目指すが、俳優に転進、松竹大船撮影所に入社する。満23歳のとき、1938年(昭和13年)12月1日に公開された、松竹大船撮影所製作、松竹配給、島津保次郎監督による劇映画『日本人』に出演してデビューし、端整な顔立ちの二枚目俳優として活躍。戦後は美空ひばり主演の映画『悲しき口笛』などに出演する。 1958年(昭和33年)から1966年(昭和41年)まで放映されたテレビドラマ『事件記者』(NHK)において、「長谷部記者」役を演じて人気を得る。1960年(昭和35年)、丹羽文雄原作のテレビドラマ『日日の背信』(昼ドラ、フジテレビ)で主演、「よろめきドラマ」と呼称され、大ヒットした。実相寺昭雄監督作品の常連で、劇場用映画『曼荼羅』、『哥』、『悪徳の栄え』、テレビ『ウルトラマン』、『レモンのような女』、『怪奇大作戦』などで組んでいる。 1969年(昭和44年)2月21日、母の阿佐緒が死去するが、神奈川県足柄下郡真鶴町の自宅で母の面倒を見ていたのは保美の妻・桃子であり、葬儀の喪主は次男・保美が務めた〔小野、p.2.〕。 1997年(平成9年)11月19日、心不全により自宅で死去した。同年2月11日に放映されたドキュメンタリー『美貌ゆえに波瀾の生涯 歌人・原阿佐緒の恋』(テレビ朝日)が最後の仕事となった。満。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「原保美」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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