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(n) oral statement =========================== ・ 口 : [くち] 【名詞】 1. mouth 2. orifice 3. opening ・ 口宣 : [こうせん, くぜん] (n) oral statement
口宣(くぜん)とは、平安時代中期から用いられるようになった非公式な公文書書式で、天皇の勅旨を口頭で受けた蔵人所職事(職事蔵人・蔵人頭もしくは五位蔵人)がその内容を文書化して太政官上卿に伝える目的のために使われた。宣旨と共通する部分が多く、宣旨の一種・派生と捉えることもできるが、その書式に異なる部分がある。 == 概要 == 弘仁元年(810年)の薬子の変をきっかけに蔵人所が設置されると、従来は後宮の内侍を通して伝えられていた天皇の勅旨の太政官への伝達が、次第に蔵人所の職事によって行われるようになった。 天皇の勅旨〔口頭で受けるために「口勅」ともいう。〕を奉じた職事蔵人は太政官の陣座に赴いて上卿に対してその内容を口頭で伝えた。これを職事の仰詞〔「おおせことば」と読む。あくまでも、天皇が職事蔵人の口を借りて命令を太政官に伝えるという体裁を取っていたため、「天皇が仰せられた詞(ことば)」の意味で用いられた。〕と称したが、勅旨の内容を口で伝える(宣べる〔述べる・陳べると同音同義語で「のべる」と読む。「宣」には上位者(この場合は天皇)から下位者(同じく上卿)への命令という意味がある。〕)ことから、「口宣」もしくは「宣旨」とも称した。 しかし、上卿が常に太政官にいるとは限らず、天皇の側が臨時の勅旨を発する事もあり得た。そのため、命令を伝える間に蔵人の誤りその他により天皇の出した命令と上卿が実際に受けた命令が食い違う可能性もあった。そのため、本来であれば口頭にて伝達が行われる天皇の勅旨をあらかじめ紙に書いてそれを上卿に渡すようになった。これが「口宣」もしくは「宣旨」へと発展する事になる。 口宣は最初の行に出された年月日を書いてからその下に一字分を開けて「宣旨」という2文字を書き入れ、次の行以後にその内容を記し、最後の行には勅旨の奉者(受けた者)の位署(蔵人所における官職・その他の兼官職・氏名)の後にその下に小さく「奉」の1文字を据える。この形式は11世紀末期に完成されたもので、口宣が行われた初期(10世紀前半)には、宣旨との書式の区別が確立しておらず、年月日が最後の行の位署の上に記載されたものもある。また、口宣は勅旨の内容を目録あるいは日記形式で記している点でも「宣旨」とは異なっている。なお、用紙は職事蔵人がいつ勅旨を受けても対応できるように、またあくまでも勅旨伝達は口頭であり口宣は覚書(メモ)として作成されるという性格により、製造が簡便である中古紙を再生した宿紙を用いるのが例とされ、後に書式の一環として定着するようになった。 なお、後には院政を行う上皇・法皇(いわゆる「治天の君」)が太政官に対して命令を発する時も口宣が用いられた。これは律令に定められた正統な統治機関は天皇及び太政官であり、法的な根拠を持たない治天の君が命令を行う場合には、こうした非公式な公文書形式を採用せざるを得なかったからである。 鎌倉時代後期に入ると、天皇が発する命令においても、太政官符・太政官牒・官宣旨に代わって口宣や宣旨が用いられることが多くなっていった。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「口宣」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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