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古賀 忠雄(こが ただお、1903年12月6日 - 1979年6月10日)は、日本の美術家。 == 来歴 == 1903年(明治36年)、佐賀市に生まれる。佐賀県師範学校附属小学校(現佐賀大学文化教育学部附属小学校)高等科を卒業後、県立有田工業学校(現県立有田工業高等学校)絵画科へ入学。同好在学中に日本画家・腹巻丹丘よりその手腕を認められ、東京美術学校(現東京芸術大学)彫刻科塑像部本科へ入学。1929年に「仏心」で第10回帝展入選。 1939年に「岬の男」で第3回文展(現日展)特選を受賞。1943年4月、「建つ大東亜」で帝国芸術院賞受章〔『朝日新聞』1943年4月10日(東京本社発行)朝刊、3頁。〕。1945年、日展委員に就任。練馬にアトリエを構え彫刻を中心に陶器・絵画など様々な分野の作品を発表する。1967年に日本芸術院会員となって以降、日本彫刻会理事長を始め複数の要職に就いた。 1979年死去。享年77(満76歳没)。作品の多くは郷里の佐賀県立美術館に隣接する佐賀城公園に「古賀忠雄 彫刻の森」として常設展示されている。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「古賀忠雄」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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