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合理的選択理論 (rational choice theory) とは、行為者の合理性を大前提とする社会理論のことである。経済学を中心に発達したが、2006年現在で政治学でも一定の勢力を持っているし、社会学ではまだまだマイノリティであるが、一部に強力な支持者がいる。方法論的個人主義により、社会の中の様々な現象を捉えようとする考え方の一つである。また方法論的個人主義と並んで個人の合理性が合理的選択理論の前提的な仮定だが、合理性とは個人が自己の効用を最大化するように行動することを指す(個人的合理性)。 ==経済学と合理的選択理論== 近代経済学、とくにその主流となる新古典派経済学の古典的形態では、個人ないし企業などの経済主体がみずからの行為を合理的に選択すると考えて全理論を構成していた。たとえば、浦井憲と吉町昭彦は、経済学(ミクロ分析)は、「合理性による社会の把握」であり、それが「経済学の限界でありまた同時に意義」であると述べている〔浦井憲・吉町昭彦『ミクロ経済学/静学的一般均衡理論からの出発』ミネルヴァ書房、2012、p.10。なお、著者たちがいうようにミクロ経済学の教科書に方法論や思想側面を解説するものは少ない。しかし、著者たちの意見がミクロ経済学の教科書製作者たちのほぼ共通した見解であることはほとんど間違いない。〕。 より具体的には、消費者は予算制約のもとでみずからの効用を最大化し、企業は可能に生産可能な範囲で利潤を最大化すると、ミクロ経済学は考える。その画期的かつ古典的・典型的な成果は、アローとドブリューの「競争均衡理論」である〔K. J. Arrow and Gerard Debreu, Existence of an Equilibrium for a Competitive Economy, ''Econometrica'', 22(3):265-290.〕。この意味で、新古典派の経済理論は、すべて合理的選択理論に基づいていると言ってよい。 ただ、現実の市場においては、個人は完全に自由とは限らず、契約の不完備性や情報の不完全性、将来の不確実性など、様々な制約が存在する。これらの場合、不完備契約の理論や情報の経済学などにより補正されるが、これらの行動を単純に合理的選択ということはできない(モラルハザードや逆選択)。また、複数の行為者同士の相互作用とその結果が、当事者たち(プレーヤー)たちの選択する戦略に依存する場合、最大化という考え方ではよい戦略決定をすることができない。このような状況を、経済学はゲームの理論で説明している。ゲームの理論では、解(均衡)の多くで、プレーヤーの行動を合理的な選択の結果と見なすことができるが、囚人のジレンマが示すように、どう行動するのが合理的か判別しがたい場合がある。最近のゲームの理論では、プレイヤーの限定合理性を前提にするのが当然とされている。プレイヤーの行動は、最適解が存在するときでも、そのように行動するとはかならずしも考えられていない(特異的戦略 idiosyncratic play)。とくに進化ゲームでは、プレーヤーの合理性(合理的な情報処理能力)はほとんどで0と前提されている。〔川越敏司『行動ゲーム理論入門』NTT出版、2010. ISBN 9784757122581.〕。 合理的選択理論やゲーム理論は、最近、とくに公共経済学や公共選択、公共政策の分野で注目されているが、理論経済学の主流は、むしろ限定合理性を前提にした行動理論に移行しつつある。公共経済学や公共選択では、政府の行動とそれに対する人々の行動か問題になる。そこでは市場での自由競争では、十分な供給と状態の維持が不可能な公共財について、説明することが重視されている。社会秩序も公共財の一つであり、その意味で、社会学における秩序問題と、公共財の研究は同じである。この場合、政府が考えなければならないのは、真の意味の合理的選択行動ではなく、相手に出し抜かれない程度の推察である。二者二択ゲームのような単純かつ限定された設定において合理的選択理論は一定の有効性をもつと考えられている。 ケインズ経済学、オーストリア学派の経済学、さらには進化経済学や複雑系経済学も、合理的選択理論とその拠って立つ方法論的個人主義を否定している。ケインズ経済学には、その内部にさまざまな傾向・流派を包含させており、その方法論は単一ではない。たとえば、ニュー・ケインジアンたちは、価格さえ速く調整されれば、経済は完全雇用均衡に到達すると考えている。その意味でかれらは、背後に合理的個人と合理的選択を仮定していると考えられる。それに対し、ケインズ自身は、美人投票の譬えに代表されるように、人間の経済行動を合理的な選択に基づくものとは考えていなかった。ケインズのフェロー論文は『確率論』(1921)と題されているが、これは未知の未来について、ある確率分布を想定して、行動等を最適化するというものではない〔佐藤隆三訳『確率論』(ケインズ全集第8巻)、東洋経済新報社、2010. この本については伊藤邦武『ケインズの哲学』岩波書店、1999。〕。ケインズのいう「確率」は、フランク・ナイトが危険と区別した意味での不確実性(uncertainty)を意味していると理解されている〔この点については酒井泰弘『リスクの経済学』ミネルヴァ書房、2010、第5章をみよ。〕。ポスト・ケインジアンとニュー・ケインジアンの対立も、究極的にはここにあると考えられる〔P.デビドソン『ケインズ経済学の再生/21世紀の経済学をもとめて』名古屋大学出版会、1994、第4章「不確実な未来の分析」。なお、ここでは「にユー・ケインジアン」は、新古典派ケインズあるいは新古典派総合ケインジアンと呼ばれている。〕。 オーストリア学派は、19世紀末の限界革命と同時的に成立したが、マーシャルやワルラスに代表される新古典派経済学とは、かなり異なる経済思想をもち、現在も新古典派経済学の主流に統合されているとはいえない。ミーゼスLudwig von Misesの『ヒューマン・アクション』〔ルートヴィヒ・フォン・ミーゼス『ヒューマン・アクション/人間行為の経済学』春秋社、2008. ISBN 9784393621837.〕は、彼独自の「実践学praxeology」に基づいて公理論的に組み立てられており、人間は経済計算により目的に合わせて最善の選択をすると考えている。これに対し、ハイエク は同じ方法論的個人主義にたちながらも、人間の合理的計算能力の限界を強調した〔江頭進『進化経済学のすすめ』講談社現代新書、2002。とくに第1章6「ハイエクの制度進化論」。〕。 進化経済学は、19世紀末のソースティン・ヴェブレンにまで遡る〔Thorstein Veblen, 1898, Why is Economics not an Evolutionary Science?, ''The Quarterly Journal of Economics'', 12(4):373-397.〕。進化経済学は、オーストリア学派の影響を強く受け、人間行為の結果ではあるが意図して設計したものではないものに注目している〔シュンペーター学会は、シュンペーターの経済思想、とくに経済は津店の中核にイノベーションがあるとする考え方に基づいて形成された学会であるが、''The Journal of Evolutionary Economics''という雑誌を発行しており、進化経済学の一派と考えられている。〕。人間行動・企業行動の理解においても、行動の進化を強調し、合理的選択理論を否定している〔リチャード・ネルソン&シドニー・ウィンクター『経済変動の進化理論』慶応義塾大学出版会、2007。とくに第3章3「最大化選択という行動」。〕。複雑系経済学は、合理的選択(効用の最適化・利潤の最大化)が不可能なことを出発点としており、習慣やルーティンなど、さまざまな定型行動がいかに生まれ、なぜそのような行動が一定の有効性を維持できるかが考察されている〔塩沢由典『複雑系経済学入門』生産性出版、1997. ISBN 9784820116103.〕。 合理的選択理論は経済学を起源とするものだが、古典的な形態(ないし教科書的形態)では標準とされているが、経済学での理論研究の大勢はその有効性をうたがうものとなりつつある。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「合理的選択理論」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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