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吉田沢右衛門兼貞 : ミニ英和和英辞書
吉田沢右衛門兼貞[けん]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [た]
 【名詞】 1. rice field 
: [さわ]
 【名詞】 1. (1) swamp 2. marsh 3. (2) mountain stream 4. valley 5. dale 
: [みぎ]
 【名詞】 1. (1) right hand side 2. (2) above 3. afore-mentioned 4. foregoing 5. forgoing 
: [もん]
  1. (n,n-suf) (1) gate 2. (2) counter for cannons 
: [けん]
  1. (conj,n) and 2. in addition 3. concurrently 

吉田沢右衛門兼貞 ( リダイレクト:吉田兼貞 ) : ウィキペディア日本語版
吉田兼貞[よしだ かねさだ]

吉田 兼貞(よしだ かねさだ、延宝3年(1675年) - 元禄16年2月4日1703年3月20日))は、江戸時代前期の武士赤穂浪士四十七士の一人。吉田兼亮の子。通称は沢右衛門(さわえもん)。
== 生涯 ==
延宝3年(1675年)、赤穂藩士・吉田兼亮の三男として生まれた。母は熊田新八の娘りん。幼名は千之丞。のち文蔵と称しさらに沢右衛門と変えた。兄2人は夭折・早世したため、吉田家の嫡男とされた。
父と同様に赤穂藩に仕え、家督前の部屋住みであったが、分限帳のなかには10両3人扶持の近習兼蔵奉行としているものもある。浅野家が改易されると主に父と行動を共にし、吉良邸討ち入りの際には父とは別に表門隊に所属した。
討ち入り後は長府藩毛利家に預けられた。元禄16年(1703年)2月4日毛利家家臣・進藤為右衛門の介錯で切腹した。享年29。主君浅野長矩と同じ高輪泉岳寺に葬られた。法名は刃当掛剣信士。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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