|
===================================== 〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。 ・ 君 : [くん, きみ] 1. (n,suf) Mr (junior) 2. master 3. boy ・ 塚 : [つか] 【名詞】 1. mound
君塚 大輔(きみづか だいすけ、1983年1月5日 - )は、神奈川県横須賀市出身のプロバスケットボール選手である。ポジションはシューティングガード、スモールフォワード。190cm、83kg。 == 来歴 == 5歳頃の時にバスケットボールを始める。田浦中学校を卒業後、県内の名門横浜商大高に進学。同級生である蒲谷正之と共に1年生の時からレギュラーを取り、2年生の時には共にスタメンとしてコンビを組み、同校を3年ぶりのインターハイに導くも1回戦で福岡商業に73vs75で惜敗(この試合、君塚は14点)〔http://www.basketball-zine.com/high/1999/i_high/kekka_s/990802f2.html〕。同年のウィンターカップにも3年ぶりに同校を導き、2回戦に進出。新潟商業に敗れるも君塚自身は17点と活躍〔http://www.basketball-zine.com/high/1999/wcup99/result/122403c.html〕。3年生となった2000年、再びインターハイに出場し、今度は見事3回戦まで進出し、ベスト16入りを果たすも、小林高校に惜敗(君塚はこの試合チーム最多の21点)〔http://www.basketball-zine.com/high/2000/inter_high00/result/20000804/1a.html〕。 高校卒業後、順天堂大学に進学。4年時の関東大学リーグ2部Aグループで得点王(427点)となる。 卒業後の、2005年に大分ヒートデビルズからドラフト全体20位で指名を受け入団。 2005-2006シーズンシーズン終盤の怪我などもありサブが多いものの2シーズン目にはプレイオフ進出に貢献。 2007-2008シーズンではポイントでの起用が増えチームの勝利に貢献。 試投数・成功数はリーグ基準に満たなかったものの3ポイントシュート成功率は52.8%を記録。 これはチームメイトである鈴木裕紀が記録した50.4%のリーグ年間1位の記録を上回る。 2008-2009シーズン、大分ヒートデビルズの指揮をとる小川忠晴HCやチームメイト、関係者などは以前より存在能力の高さを認めている。 チャレンジ!おおいた国体バスケットボール成年男子大分県選手団として与那嶺翼、佐藤博紀と参加が決定。 2010年、ライジング福岡に移籍する。 2011年オフ、ライジング福岡のプロテクトから外れ退団。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「君塚大輔」の詳細全文を読む スポンサード リンク
|