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国本剛章(くにもと たけあき、1962年1月11日 - )はゲームミュージックの作曲家、ベーシスト。ニックネームはキノコ。 == 経歴 == 札幌市出身。大学時代、1985年に札幌の楽器店でアルバイトをしていた際に、ハドソンのプログラマ笹川敏幸にスカウトされ〔sasagawaさんとの出会い 〕、『チャレンジャー』の作曲に携わって以降、1988年頃までファミコンとPCエンジン時代のハドソンのゲームの作曲を多数手がける。当時の制作環境は、YAMAHA CX-11(MSX)+SFG-01(FM音源ユニット)+FMミュージックコンポーザII(シーケンスソフト)など。 ベースは大学での軽音楽部時代に始める〔約20年ぶりに作曲活動を再開したゲームミュージシャン国本剛章氏インタビュー(前編) 〕。1988年に上京して以降、主にアマチュアでのバンド活動を行っており、1990年には『三宅裕司のいかすバンド天国』にバンド「星観る人」の一員として出演している〔南流石さんの眉間にシワ 〕。 いわゆる社内作曲家でもなく、有名作曲家の楽曲提供という形でもなかったために初期のゲームではクレジットされないことが多く、サウンドトラックが出た際にだけ名前が出る謎の作曲家だったが、2005年末にファミコンBGM回顧録を主題にしたブログを開設してからは積極的に情報公開に努めている。また同ブログの影響で、ミュージシャン同士の交流が増え、2008年からは「RE:YES」や「コロニー落とし」、2009年からは「タケちゃん&健ちゃん」、2012年からは「オール1ブラザーズ」などでのバンド活動を掛け持ちで行っている。2013年よりのこいのことのLIVE活動を開始〔約20年ぶりに作曲活動を再開したゲームミュージシャン国本剛章氏インタビュー(後編) 〕。また自身の演奏活動のみならず、ゲームミュージックの演奏家が出演するイベントも主催している。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「国本剛章」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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