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國重隆 : ミニ英和和英辞書
國重隆[くにしげ たかし]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [おも]
  1. (adj-na,n) main 2. principal 3. important

國重隆 : ウィキペディア日本語版
國重隆[くにしげ たかし]

國重 隆(くにしげ たかし、1976年4月22日 - )は、日本プロボクサー大阪府大阪市生野区出身。ワタナベボクシングジム所属。関西創価学園創価大学卒業。
== 来歴 ==
大学入学後にボクシングを始め、卒業後に大阪帝拳ジムでプロとなる。
2000年5月17日、村田匡教戦でプロデビュー判定勝利。
2001年4月28日、後の世界王者高山勝成に負傷判定で初敗北を喫した。
2002年12月22日、牧山勝海を下し全日本ライトフライ級新人王獲得。
2008年2月11日、嘉陽宗嗣が持つ日本ライトフライ級王座に挑戦するが、負傷判定で引き分けとなり王座獲得ならず。
2008年5月16日、タレントの林家まる子と婚約を発表。同年12月27日に入籍、12月28日に東京ドームホテルにて挙式・披露宴を行った〔御礼 m(__)m 林家まる子 オフィシャルブログ 2008年12月29日〕。
2008年6月14日、メキシコシティWBC世界ライトフライ級王者エドガル・ソーサメキシコ)と対戦。テレビ局、プロモーター、WBCスライマン会長らの協力により19,000人収容の会場パラシオ・デ・ロス・デポルテスへの入場は無料で開催された〔ソーサ-國重6・14メキシコ開催、入場料タダ! 月刊ボクシングワールド」オフィシャルサイト 2008年5月16日閲覧〕。前日計量では王者の測定を不正として國重陣営が猛抗議したが受け入れられず〔世界初挑戦・国重“敵地の洗礼”前日計量で一騒動 スポーツニッポン大阪版 2008年6月15日閲覧〕、試合は8回TKO負けで戴冠はならなかった。敵地でのレフェリング、ジャッジングで不利になることを恐れ、事前に吉井会長からクリンチ禁止などのアドバイスを受けていたが、これを厳守して大幅なスタイル変更を成し遂げ、挑戦失敗ながらも評価の高い試合だった。
同年10月25日、ミニマム級金光佑治との世界ランカー対決に3-0の判定勝利で再起を果たした。
2009年4月13日、日本ライトフライ級王者嘉陽宗嗣に再挑戦したが、世界戦前のファイトスタイルに戻ってバッティング、クリンチの多い展開となり、5Rにはホールディングで減点も受け、8R負傷判定で引き分けて王座獲得に失敗した。
2009年12月29日、デビュー3戦目となる後の世界王者井岡一翔と対戦するが、0-3判定負け。
2010年、ワタナベジムへ移籍。9月20日に移籍第1戦として沼田慶一に判定勝利。
2010年12月24日、タイで行われたABCOフライ級王座決定戦でスリヤン・ソー・ルンヴィサイと0-3の判定負けで王座獲得ならず〔ワタナベの3選手タイで勝てず…速報 ボクシングニュース「Box-on!」 2010年12月24日〕。
2011年11月18日、八重樫東が世界王座挑戦のため返上して空位となった日本ミニマム級王座を三田村拓也と争うが、敗れる。
2013年10月21日、日本ミニマム級王者原隆二と対戦するが0-3の判定負けを喫し王座獲得に失敗した〔原が3度目の防衛に成功、ダウン喫す苦闘 Boxing News(ボクシングニュース) 2013年10月21日〕。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「國重隆」の詳細全文を読む




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