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西室 淳子(にしむろ じゅんこ 1980年12月21日- )は、日本のカーリング選手、長野県軽井沢町出身〔。旧姓 園部。 == 経歴 == 軽井沢町立軽井沢中学校在学中の1994年に土屋由加子らと「Pic Tic」を結成した。1997年には妹の園部智子が加入、同年12月の日本ジュニアカーリング選手権では2位、日本カーリング選手権では3位となった〔。1998年の長野オリンピックの聖火リレーに参加、カーリング会場のある軽井沢町の聖火台に聖火を点灯した。 2003年6月、車で帰宅中、玉突き事故に巻き込まれ重傷を負った。2004年3月、トリノオリンピック日本代表候補強化合宿兼選考会に参加。通算成績は0勝5敗で参加4チーム中4位〔日本代表候補強化合宿兼選考会 〕。 2005年2月の日本カーリング選手権大会で優勝、パシフィックカーリング選手権出場権を獲得した。いったんはトリノオリンピック代表に内定していたチーム青森と同年11月23日に日本代表選考会で対戦、チーム青森に2連勝すればオリンピック日本代表に選ばれるチャンスを得たが、第1戦で敗れてオリンピック出場は果たせなかった。12月に台北で行われたパシフィックカーリング選手権で優勝し、世界カーリング選手権出場権を獲得した。 2006年3月の世界カーリング選手権では3勝8敗で11位となったが、トリノオリンピック4位のノルウェーののチームを破った。この大会でサードとして出場した彼女は、参加選手全員の投票によって「最もスポーツマン精神を持った選手」に贈られるFrances Brodie Awardを受賞した〔。日本人としては、1995年の石垣綾子に次いで2人目の受賞であった。12月に翌2007年青森市で行われる世界カーリング選手権の代表選考会でチーム青森と対戦、2勝3敗で代表を逃した。 2007年アジア冬季競技大会では予選を5勝1敗の1位で通過したが、決勝で韓国に6-7と敗れて銀メダルを獲得した。第24回日本カーリング選手権ではチーム青森に敗れて準優勝となった。 2008年の日本カーリング選手権では準優勝、同年の軽井沢国際カーリング選手権大会では決勝でチーム青森を破り初優勝を果たした。 2009年バンクーバー五輪カーリング競技日本代表決定戦で北海道常呂高等学校を破り、チーム青森と対戦したが0勝4敗(チーム青森には2勝のアドバンテージあり。)で敗れた。 2010年4月末、所属していたチーム長野が解散、同年8月に富士急行カーリング部「チームフジヤマ」(監督:小林宏)に加入した。同年12月の山梨県選手権ではサードを務め優勝した。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「西室淳子」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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