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土岐 銀次郎(とき ぎんじろう、1894年(明治27年)3月〔『新編日本の歴代知事』434頁。〕 - 1976年(昭和51年)4月1日〔『朝日新聞』(東京本社発行)1976年4月2日朝刊、23面の訃報より。〕)は、日本の内務官僚。官選県知事、東京新聞副社長。旧姓・三宅。 ==経歴== 和歌山県出身。三宅進一郎の二男として生まれ、土岐嘉平の養子となる〔。第一高等学校を卒業。1917年7月、東京帝国大学法科大学政治学科を卒業。同年10月、文官高等試験行政科試験に合格。内務省に入省し岡山県属となる〔〔『日本官僚制総合事典:1868 - 2000』221頁。〕。 以後、東京府属、内務属、栃木県河内郡長、岐阜県理事官、東京府理事官、帝都復興院事務官、静岡県学務部長、愛知県書記官・学務部長、三重県書記官・警察部長、復興局書記官、復興事務局書記官、山梨県書記官、山形県書記官・内務部長〔『官報』第1504号、昭和7年1月8日。〕、大阪府部長・総務部長〔『官報』第2416号、昭和10年1月24日。〕などを歴任〔。 1935年5月、富山県知事に就任。戦時体制の整備などに尽力〔。1938年4月、埼玉県知事に転任。戦時下の対応や、水害の復旧などに尽力。1941年1月、知事を退任した〔『新編日本の歴代知事』322頁。〕。同年に退官〔。その後、戦時物資活用協会理事長〔、東京新聞副社長(1944~1945)〔を務めた。戦後に公職追放となった〔。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「土岐銀次郎」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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