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土肥隆一 : ミニ英和和英辞書
土肥隆一[どい りゅういち]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [つち]
 【名詞】 1. earth 2. soil 
: [こえ]
 【名詞】 1. manure 2. night soil 3. dung 4. fertiliser 5. fertilizer 
: [いち]
  1. (num) one 

土肥隆一 : ウィキペディア日本語版
土肥隆一[どい りゅういち]

土肥 隆一(どい りゅういち、1939年2月11日 - 2016年1月22日)は、日本牧師、元政治家。衆議院議員(7期)を務めた。
世界宣教東京大会顧問〔エジンバラ100周年記念世界宣教会議・東京大会実行委員会 〕。民主党では国のかたち研究会(通称:菅グループ)代表を務め、党倫理委員長などを歴任した。
== 経歴 ==
1939年昭和14年)、京城府(現:韓国ソウル)に出生。日本社会党出身〔国会議員白書 /土肥隆一 - 政治学者菅原琢が運営するサイト - 2011-03-09閲覧。〕。福岡県立修猷館高等学校卒業、東京神学大学大学院修士課程修了。大学院修了後、日本基督教団所属の牧師として宗教活動を行う。
日本社会党所属の衆議院議員河上民雄河上丈太郎の子)の秘書をつとめた縁で、河上の引退後に地盤を引き継ぐ。所属政党は現在までに日本社会党1990年-1995年)〔国会議員白書 /土肥隆一 - 政治学者菅原琢が運営するサイト - 2011-03-09閲覧。〕、民主改革連合1995年-1998年)、民主党1998年-2011年)。
民主改革連合では幹事長を務めた。社会党の中では右派であり、公認漏れとなった左派岡崎宏美とは総選挙で3度にわたって争った。
2011年3月、竹島領有権放棄問題により民主党を離党表明し、離党届が受理された〔読売新聞2011年3月16日13版9面〕。2009年の政権交代で民主党政権が誕生して以降、民主党所属国会議員が民主党を離党したのは4人目〔2010年2月の石川知裕、同年9月の中島正純、2011年3月の佐藤夕子の例があった(ただし、佐藤は離党届は党幹事長預かりとなり、受理されたのは2011年5月)。〕。
2012年10月に民主党・無所属クラブの要請により、民主党に復帰〔読売新聞2012年10月16日 〕。同年12月の第46回衆議院議員総選挙には出馬しないことを表明し〔藤井裕久氏、政界引退へ…土肥隆一氏も不出馬 : ニュース : 衆院選2012 : 衆院選 : 選挙 : YOMIURI ONLINE(読売新聞) 〕、政界を引退した。
2014年4月、旭日重光章を受章。
生前は日本基督教団の現役の牧師として、理事長を務める社会福祉法人傘下の障害者支援施設「恵生園」(兵庫県朝来市)に併設された「和田山地の塩伝道所」で説教を行っていた。
2016年1月22日午後0時半、神戸市内の病院で死去〔土肥隆一氏死去(元民主党衆院議員) : 時事ドットコム(時事通信) 時事通信 2016年1月26日 〕。。歿後に正四位追叙〔『官報』第6722号(平成28年2月25日付)9頁〕。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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