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垣内古墳(かいちこふん)は、京都府南丹市園部町内林町にあった前方後円墳。地名を冠して「園部垣内古墳」とも。 古墳時代前期(4世紀頃)としては口丹波で最大規模の古墳であったが、墳丘は現在失われている。 == 概要 == 園部市街地の北部、丘陵先端に位置した古墳である。1972年(昭和47年)の京都府道19号園部平屋線拡幅工事の際に大量の鉄滓が出土したことから発見され、同年に発掘調査がなされたのち削平された〔現地説明板。〕。その後、2004年度(平成16年度)には第2次調査として周濠部分の調査が実施されている。 墳形は前方後円形で、前方部を東方に向ける。八幡神社前の交差点が概ねくびれ部の位置になる。墳丘は丘陵先端部を切断して造成され、墳丘長82メートル(一説に84メートル)を測った。墳丘表面からは葺石状の石のほか、円筒埴輪や形象埴輪が検出されている。埴輪は前方部から見つかっていないため、後円部にのみ置かれた可能性がある。墳丘周囲には周濠が認められ、後円部側で約10メートル、前方部側で約12メートルを測る。また特殊な施設として、南東の周濠から外堤にかけての部分に掘り残された島状施設が認められている。 内部施設(埋葬施設)は粘土槨で、後円部において墳丘主軸と平行に東西方向に向ける。この粘土槨は長さ7メートル・幅1.5メートルで、内部に刳抜式割竹形木棺(長さ6.4メートル)が置かれた。被葬者は1人と見られるが、性別は明らかとしない。この棺内からは三角縁神獣鏡2面を含む銅鏡類や玉類など大量の副葬品が出土したが、特に三角縁神獣鏡の1面は奈良県の新沢500号墳の出土鏡と同型で、三角縁仏獣鏡1面は京都府の百々池古墳・寺戸大塚古墳の出土鏡と同型であることが知られる〔。以上の墳形・出土品から、この垣内古墳の築造年代は古墳時代前期の4世紀後半と推定されている。 現在墳丘は失われているが、出土品は1990年(平成2年)に「京都府垣内古墳出土品」として国の重要文化財に指定されている〔。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「垣内古墳」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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