翻訳と辞書
Words near each other
・ 堀井俊秀
・ 堀井動物園
・ 堀井勝美
・ 堀井千砂
・ 堀井友徳
・ 堀井和人
・ 堀井哲也
・ 堀井学
・ 堀井宇宙
・ 堀井家
堀井富太郎
・ 堀井岳也
・ 堀井巌
・ 堀井幹夫
・ 堀井彩
・ 堀井恒雄
・ 堀井憲一郎
・ 堀井拓馬
・ 堀井数男
・ 堀井新太


Dictionary Lists
翻訳と辞書 辞書検索 [ 開発暫定版 ]
スポンサード リンク

堀井富太郎 : ミニ英和和英辞書
堀井富太郎[ほりい とみたろう]
=====================================
〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [ほり]
 【名詞】 1. moat 2. canal 
: [い]
 【名詞】 1. well 
: [とみ]
 【名詞】 1. wealth 2. fortune 

堀井富太郎 : ウィキペディア日本語版
堀井富太郎[ほりい とみたろう]

堀井 富太郎(ほりい とみたろう、1890年明治23年)11月7日 - 1942年昭和17年)11月23日)は、日本陸軍軍人。最終階級は陸軍中将兵庫県加東郡河合村(現在の小野市河合西町)出身。責任感の強い性格であったと言われる。また、陸軍大学校を卒業していない所謂“無天組”でありながら、中将にまで栄進した人物としても知られる。
==経歴==
1909年(明治42年)に陸軍士官学校に入校し1911年(明治44年)5月、同校(23期)を卒業。同年12月、歩兵少尉に任官し歩兵第40連隊付となる。
東京外国語学校委託学生として中国語を学び、1917年(大正6年)に修了した。1921年(大正10年)4月、歩兵第40連隊中隊長となり、陸大副官関東軍幕僚付、水産講習所配属将校上海派遣軍司令部付、歩兵第68連隊大隊長などを歴任し、1933年(昭和8年)8月、早稲田大学配属将校となった。独立歩兵第12連隊付を経て、1937年(昭和12年)8月、陸軍大佐に昇進。留守第8師団司令部付、歩兵第82連隊長を経て、1940年(昭和15年)3月、陸軍少将に進級し留守第11師団司令部付となる。
太平洋戦争直前の1941年(昭和16年)11月6日に南海支隊長に就任し、彼は戦死するまで、その身を南海支隊と共にする。太平洋戦争においてグアム攻略ラバウル攻略を指揮し、いずれも成功させる。然し、彼と部隊の運命は1942年(昭和17年)7月に始まったポートモレスビー作戦で暗転する。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「堀井富太郎」の詳細全文を読む




スポンサード リンク
翻訳と辞書 : 翻訳のためのインターネットリソース

Copyright(C) kotoba.ne.jp 1997-2016. All Rights Reserved.