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堤重久 : ミニ英和和英辞書
堤重久[つつみ しげひさ]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [つつみ]
 【名詞】 1. bank 2. embankment 3. dike 
: [おも]
  1. (adj-na,n) main 2. principal 3. important

堤重久 : ウィキペディア日本語版
堤重久[つつみ しげひさ]
堤 重久(つつみ しげひさ、1917年8月 - )は、文芸評論家、京都産業大学名誉教授太宰治の一番弟子で、著書に『太宰治との七年間』がある。
東京新宿の開業医の息子。旧制東京府立高等学校(後の東京都立大学を経て現在の首都大学東京)3年在学時、18歳のとき、『晩年』を読んで衝撃を受け、太宰治に心酔する。(府立高の1級上の友人に小田切秀雄がいた。)小田切の紹介で清水幾太郎の門人となる。
東京帝国大学(現・東京大学)文学部独文科で木村謹治相良守峯中島健蔵辰野隆に師事。大学在学中、平田次三郎山下肇小島輝正たちと共に「新思潮」に参加。
1940年初冬に太宰の門人となる。1942年大学卒業後は東大図書館に勤務しつつ、作家を志して長篇小説を執筆。戦時中は外交官の伯父の勧めで外務省に勤務し、外交官試験の準備をする。太宰の死後は京都市に住み、京都産業大学で教えた。
『晩年』など太宰の初期作品に比べて『人間失格』などの後期作品には否定的な立場を取った。弟堤康久前進座の俳優で、太宰に『正義と微笑』の材料となる日記を提供した。
==著書==

*『太宰治との七年間』(筑摩書房、1969年)
*『恋と革命 評伝・太宰治』(講談社現代新書、1973年)
category:日本の著作家


category:1917年生

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「堤重久」の詳細全文を読む




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