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外薗 晶敏(ほかぞの あきとし、1977年6月12日 - )は、日本の男性元総合格闘家。兵庫県出身。元修斗世界フェザー級王者。鍼灸整骨院経営者。 現役時代から「負けたら引退」と語っていたが〔『ゴング格闘技』 2007年8月号〕、無敗のまま引退した。 == 来歴 == 2001年9月24日、全日本アマチュア修斗選手権フェザー級に出場。決勝で横山宜行に一本勝ちし優勝を果たした〔第8回全日本アマチュア修斗選手権大会 公式結果 日本修斗協会広報誌 BLOG版 2001年9月24日〕。 2002年2月11日、プロ修斗デビュー。同年のフェザー級新人王トーナメント1回戦で木部亮と対戦し、0-1の判定ドローとなったが、ポイント差でトーナメント敗退。 2003年3月30日、木部亮と再戦し、判定勝ち。 2003年7月13日、フェザー級新人王トーナメント準決勝で対戦予定であったきんぞ~が負傷欠場になり、決勝進出が決定。代わりに喜多浩樹と対戦し、TKO勝ち。 2003年11月25日、フェザー級新人王トーナメント決勝で三上洋平と対戦し、判定勝ちを収め新人王となった。 2004年4月16日、修斗で大沢ケンジと対戦し、スリーパーホールドで一本勝ち。 2005年9月23日、修斗でマルコ・ロウロと対戦。2Rにダウンを奪うなどして3-0の判定勝ち。 2006年7月21日、修斗世界フェザー級王座決定戦で大沢ケンジと2年3か月ぶりに再戦し、3-0の判定勝ちを収め世界王座獲得に成功した。この試合はフリーランスとしての出場だった。 2007年7月15日、修斗世界フェザー級チャンピオンシップで前王者松根良太と対戦予定であったが、松根の右上腕二頭筋長頭腱断裂および左肋骨骨折により試合は消滅した〔松根欠場。外薗の世界フェザー級防衛戦は中止に BoutReview 2007年7月4日〕。 2008年1月26日、修斗のリング上で無敗での現役引退を発表し、世界王座を返上した〔【修斗】世界フェザー級王者・外薗が引退、王座を返上「格闘技とは違う目標ができた」 GBR 2008年6月6日〕。 2008年3月15日、修斗「SHOOTO GIG WEST 9」で引退セレモニーが行われた〔プロ修斗&アマ修斗 3/15 大阪大会 全対戦カード 日本修斗協会広報誌 BLOG版 2008年3月11日〕。 2015年現在、大阪府藤井寺市にて鍼灸整骨院を開業している。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「外薗晶敏」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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