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大中臣親章 : ミニ英和和英辞書
大中臣親章[おおなかしんおやあきら]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [なか]
 【名詞】 1. inside 2. middle 3. among 
: [しょう, あきら]
 【名詞】 1. (1) chapter 2. section 3. (2) medal 

大中臣親章 : ウィキペディア日本語版
大中臣親章[おおなかしんおやあきら]

大中臣 親章(おおなかとみ の ちかあき)は平安時代後期の公卿伊勢神宮祭主神祇権大副大中臣親仲の子〔『大中臣氏系図』、『藤波家譜』など。『祭主補任次第記』等によると、親仲の父である親定の子で、親仲の養子。〕。南三位と号す。
== 経歴 ==
永久3年(1115年太神宮の造営の功で山城守に任ぜられる。大治6年(1131年)に従五位上河内守に叙任され、保延2年(1136年正五位下に叙せられる。
康治2年12月(1244年1月)、神祇少副に任ぜられる。久安6年(1150年)には神祇権大副に進み、仁平4年(1154年)正月に従四位下、同年8月には従四位上に叙せられた。久寿2年(1155年正四位下に叙せられ、保元2年(1157年)第40代伊勢神宮祭主に補任される。同年神祇大副に転じ、平治元年(1159年)には従三位に叙せられて公卿に列した。永暦2年(1161年)正月29日、59歳で薨去した。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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