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大倭 東洋(おおやまと とうよう、本名:白崎 東洋(しらさき とうよう)、1971年1月21日 - 2015年6月24日〔『北國新聞』2015年6月25日朝刊 28面 おくやみ欄〕)は、入間川部屋に在籍した石川県輪島市出身の元大相撲力士。身長179cm、体重142kg。最高位は十両12枚目(1994年1月場所)。 == 来歴 == 金沢高校から日本大学を経て元関脇栃司の入間川部屋に入門。1993年3月場所に同じ日大の大内とともに、幕下60枚目格付出で初土俵を踏んだ。幕下をわずか5場所で通過し1994年1月場所で新十両を果たす。師匠が部屋を興して最初の関取となった。しかし、二桁負け(10敗)を喫し1場所で幕下に陥落。更に、幕下落ちした場所の三番相撲(相手は琴龍)で腰を痛める。その後も腰痛は悪化し続け、出場と休場を繰り返し、ついに序二段180枚目まで落ちてしまう。これは十両経験者としては昭和以降、当時3位の最低記録である。序二段の下位でも負け越してしまうなど全く相撲が取れず、1996年11月場所限りで引退した。関取経験者でありながら、引退まで大銀杏を結うことができなかった。 現役引退後は会社員となったが、後に帰郷し、晩年は人工透析を受けていた。2015年6月24日、石川県輪島市にて死去。。〔ベースボール・マガジン社刊 『相撲』 2015年8月号(名古屋場所総決算号) 127頁〕 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「大倭東洋」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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