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大原 一三(おおはら いちぞう、1924年7月1日 - 2005年11月3日 )は、日本の政治家。自由民主党所属の衆議院議員(当選7回)。議員を引退後、大原財政経済研究所を主宰。宮崎県東臼杵郡北方町(現在の延岡市)出身。行財政改革の専門家として著書も多数。 == 来歴・人物 == 大正13年7月1日宮崎県東臼杵郡北方村に生まれる。北方小学校、宮崎県立延岡商業学校(現・宮崎県立延岡商業高等学校)、台北高等学校 (旧制)、第一高等学校 (旧制)を経て、1951年東京大学法学部を卒業後、大蔵省に入省。入省同期に、山口光秀、吉本宏(理財局長、日銀副総裁)、貝塚敬次郎(日銀政策委員)、野崎元治(十八銀行頭取)など。 1976年衆院選に無所属で出馬し初当選。当選後は新自由クラブに所属したが、1979年に離党。その年の衆院選に無所属で出馬するが落選。翌1980年の衆院選では、自民党公認で出馬し、返り咲きを果たした。 1996年第一次橋本内閣で農林水産大臣を務める。担当大臣として、住専国会を乗り切る。1998年7月に誕生した小渕政権では総理の政策ブレーンとして活躍する。1998年、衆議院国鉄・林野特別委員会委員長として、JR等改革の取りまとめに貢献する。2001年、長年所属していた橋本派を離脱、無派閥となる。2003年10月、議員を引退。引退後は政治評論・政策提言等の活動を行った。国内外において行財政に関わる講演や、著書執筆、個人ホームページを運用するなど活発に活動した。原子力発電ではないクリーンなエネルギーの推進を唱え全国小水力利用推進協議会の会長を務めた。 2005年11月3日午後5時21分、膵臓癌のため東京都港区の病院で死去、享年81。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「大原一三」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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