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大津 びわ子(おおつ びわこ、1957年1月3日 - )は日本のラジオパーソナリティ。本名:大橋 美恵子。愛称は『びわりん』。血液型はA型。 == 略歴 == 滋賀県大津市出身〔月刊ラジオパラダイス 1986年4月号「大津びわ子 Interview」、別冊ラジオパラダイス『DJ名鑑』(1987年刊)「大津びわ子」の項より。〕。 幼稚園の先生になりたいと思い、滋賀県立大津高等学校卒業後、神戸女学院大学家政学部児童学科に入学。同大学4年生在学中に旅行に行った沖縄で、偶然居合わせた『MBSヤングタウン』のディレクターにナンパされ食事に行ったところ、トーク力を評価されて『MBSヤングタウン』にレギュラー出演することになる。1978年4月から1980年9月までは原田伸郎(水曜日)の、1983年4月から1989年9月までは明石家さんま(月曜日)の、それぞれのアシスタントを担当していた。なお、原田のヤンタンに出演していた当時は、ヤンタン出演以外は大阪大学の研究室で秘書として働いていたこともある〔。 在学していた神戸女学院大学は当時テレビ、ラジオなどのメディア出演に関しては厳しかったという事情もあり、当時のゼミの先生に相談したところ「名前を変えて出てみたらどうか」と助言を受け「大津出身だから『大津びわ子』なんてどうかな」と言われたことが芸名の由来だったという〔。 1986年には、『阪神が泣いた夜』というレコードを発売している(カップリング曲は、リリアンの歌う『阪神が負けたというのに』)。その後結婚・出産により一旦放送の現場を離れた〔。 2008年3月31日からMBSラジオでスタートした朝のワイド番組『子守康範 朝からてんコモリ!』にアシスタントとしてパーソナリティ復帰。当初は月曜から木曜、その後水曜及び木曜のアシスタントを担当したが、トークが脱線する事が非常に多く、コーナーが時間通りに進行しない事が多々あった。 アニメ声という言葉が定着する前から、その声質を駆使して活躍してきたパーソナリティの一人として知られ、関西ローカルながら、ラジオ業界の中にはファンも多く、大津の存在をリスペクトする人物も多い。 明石家さんまに「日本一の素人」と言われていたが、さんま自身も彼女の才能を認めており、テレビ・ラジオなどでアシスタントを務めた女性の話になると、「大津びわ子が一番しゃべりやすかった。今までのアシスタントの中で彼女が最高」としばしば発言している。 今でもさんまとは親交が深く、「明石家さんまプロデュース 今回もコントだけ」の第15回・大阪公演(2010年3月12日の午後の部)に来場し、ゲスト強制参加のコントで芸能レポーターの井上公造と、フリーアナの宮根誠司そして、大津びわ子と娘にスポットライトを当てられる。その時のさんまの紹介は、「ヤンタンのファンならわかるやろ」だった。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「大津びわ子」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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