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大田垣晴子 : ミニ英和和英辞書
大田垣晴子[おおたがき せいこ]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [た]
 【名詞】 1. rice field 
: [かき]
 【名詞】fence
: [こ, ね]
 (n) first sign of Chinese zodiac (The Rat, 11p.m.-1a.m., north, November)

大田垣晴子 : ウィキペディア日本語版
大田垣晴子[おおたがき せいこ]

大田垣 晴子(おおたがき せいこ、1969年10月16日 - )は、神奈川県横浜市出身のイラストレーター、エッセイスト(自称「画文家」)。本名同じ、既婚。3人娘の次女である。あだ名は主にセイちゃん、大学時代に入り浸っていた居酒屋ではダーティー・ロリータと呼ばれていた。お酒が大好きで、最近は、再び、日本酒に目覚めているらしい。
画文家とは、噛み砕いて言えば、漫画ではないが、イラストエッセイを融合させることである。
元来は染色家志望だったが工芸科受験に失敗し、ファッション・デザインを大学で学ぶ。しかし2年生のときファッションが嫌になり、一般教養で受講した「民俗学」でレポートを絵と文でまとめているうちに、それが面白くなる。ファッション・デザインの教授だった小池一子から考現学を勧められる。
小池の紹介で、大学卒業後の1992年、雑誌『話の特集』の7月号から、16頁ものイラスト・エッセイ「サンサル」を連載開始し、2年半続ける。内容は、大田垣曰く「わたしの我田引水、本末転倒、無知滑稽な日々を書き綴った」ものであった。
1996年にフリーランスとなり、以降順調に人気を博し、幅広い分野(体験物イラスト・エッセイ、路上観察イラスト・エッセイ、日常生活イラスト・エッセイ、挿絵、漫画等)において新聞・雑誌に連載を持ち、それらをもとにした単行本も多い。
また、広告のイラスト等も手がけている。
== 来歴 ==

* 1988年 武蔵野美術大学空間演出デザイン科ファッションデザインコースに入学。小池一子に師事する。
* 1992年 大学卒業後、同大学ファッションデザイン研究室で助手〔ただし、普通の大学の「助手」とは意味あいが違い、ムサ美の「助手」は、「仕事は事務。勤務は4年限り」だという。〕を4年間務める。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「大田垣晴子」の詳細全文を読む




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