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大道寺友山 : ミニ英和和英辞書
大道寺友山[だいどうじ ゆうざん]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

大道 : [だいどう]
 【名詞】 1. main street 2. avenue 
: [てら]
 【名詞】 1. temple 
: [とも]
 【名詞】 1. friend 2. companion 3. pal 
: [やま]
 【名詞】 1. (1) mountain 2. (2) pile 3. heap 4. (3) climax 5. critical point 

大道寺友山 : ウィキペディア日本語版
大道寺友山[だいどうじ ゆうざん]

大道寺 友山(だいどうじ ゆうざん、寛永16年(1639年) - 享保15年11月2日1730年12月11日))は、江戸時代武士兵法家山城国伏見の人で、を重祐、通称を孫九郎(大道寺氏嫡男代々の通称)と称した。晩年に『武道初心集』『岩淵夜話』『落穂集』などを著す。後北条氏の重臣大道寺政繁の曾孫にあたる。系図上、政繁長男の直繁-繁久-重祐(友山)となる。
==略歴==
寛永16年(1639年)、大道寺繁久の子として生まれる。繁久は松平忠輝に仕えた元越後高田藩士であったが、高田松平家が元和2年(1616年)に改易されて以来浪人となっていた。友山は長ずるに及んで江戸に出て、小幡景憲北条氏長山鹿素行らに師事して甲州流軍学を学び、軍学者として身を立てる。その博識を買われ安芸広島藩浅野氏会津藩松平氏の客分を経て、越前松平氏福井藩に迎えられ、主に軍学を講じた。
享保15年(1730年)11月2日、江戸において92歳で没した。東京都渋谷区東北寺に墓所がある。
「武江年表」によると、享保11年(1726年)11月18日、「大道寺友山翁尚歯会、志賀随翁、其余六人の翁会すると云、姓名未詳」とあり、知己の老人を集めて尚歯会を開いたことがあるらしい。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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