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大阪テレビ放送株式会社(おおさかテレビほうそう 略称 OTV)は、かつて存在した日本のテレビジョン放送局である(放送法上は一般放送事業者、現:民間特定地上基幹放送事業者)。 1956年(昭和31年)に西日本で最初に開局した民間のテレビ局であったが、1959年(昭和34年)6月に朝日放送(ABC)と合併した。現在はABCのテレビ部門「ABCテレビ」〔「Album OTV」1959年5月刊〕である。 == 概要 == 朝日新聞社、ABC、毎日新聞社、新日本放送(NJB、現:毎日放送(MBS))の4社が合弁して設立したテレビ局〔ラジオ局の合弁で設立したテレビ局は、他にニッポン放送、文化放送の2社によるフジテレビジョンと京都放送、神戸放送(現:ラジオ関西)の2社による関西テレビ放送がある。フジテレビは前述2社の他、東宝、松竹、大映の映画会社3社の合計5社合弁、関西テレビは前述2社と産業経済新聞社、京都新聞社、神戸新聞社、京阪神急行電鉄(現:阪急阪神ホールディングス)の合計6社合弁によって設立された。〕。1956年12月1日に本放送を開始した。 社章は朝日・毎日の両紙上で公募されたなかから選ばれた"OTV"の文字を幾何学的に合成したマークが採用され、そのデザインから「猫の目」と呼ばれていた。また、数種類あるテストパターンのひとつには社章を目の位置に配した猫のイラストが用いられていた〔テレビ草創期のテストパターン集 の中に、猫のイラストを使用したテストパターンがある。この他、ABCのアナログ放送終了エンディングは猫のイラストではなく、真ん中に「6」の文字のテストパターンがあった〕。 東京地区での民放最先発の日本テレビ(NTV)と同様に、大阪市内各所に「街頭テレビ」を設置してテレビの普及に努めた。VTRの本格導入や富士山頂からの中継など、技術運用において先例のない試みを行った〔「Album OTV」1959年5月刊〕。 他局とのネットワーク契約はなかったが、NTVとラジオ東京(KRT、現:TBSテレビ)と番組の売買をおこなった。同日に開局した、中部日本放送(CBC、現:CBCテレビ)と共同歩調を採り、発局である在京局に対して電波料が有利な条件になる様にしていた。ニュース素材は独自取材の素材が大半であったが、東京からKRTの「東京テレニュース」、名古屋から「CBCニュース」の素材を利用した。 読売テレビ(ytv)開局後、NTVの番組はほぼ流れなくなり、KRTの番組をもっぱらネットした〔ytv開局に際し、NTVはOTVに対してごく一部の例外を除いてネットを打ち切った。〕。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「大阪テレビ放送」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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