翻訳と辞書
Words near each other
・ 天元
・ 天元 (北元)
・ 天元 (日本)
・ 天元 (曖昧さ回避)
・ 天元 (着点)
・ 天元区
・ 天元台
・ 天元台スキー場
・ 天元台高原
・ 天元台高原スキー場
天元帝
・ 天元戦
・ 天元戦 (中国)
・ 天元戦 (台湾)
・ 天元琴音
・ 天元突破 グレンラガン
・ 天元突破グレンラガン
・ 天元突破グレンラガン 紅蓮学園篇
・ 天元突破グレンラガン 紅蓮学園編
・ 天元突破グレンラガンの登場人物


Dictionary Lists
翻訳と辞書 辞書検索 [ 開発暫定版 ]
スポンサード リンク

天元帝 : ミニ英和和英辞書
天元帝[てんげん]
=====================================
〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [てん]
 【名詞】 1. heaven 2. sky 
: [げん, もと, がん]
  1. (n,n-suf,n-t) (1) origin 2. basis 3. foundation 4. (2) former 
: [みかど]
 【名詞】 1. (1) emperor (of Japan) 2. mikado 3. (2) (the gates of an) imperial residence 

天元帝 ( リダイレクト:トグス・テムル ) : ウィキペディア日本語版
トグス・テムル[みかど]

トグス・テムルモンゴル語:、Tögüs-Temür)は、モンゴルの第17代大ハーン北元としては第3代皇帝)。昭宗アユルシリダラの弟。治世の元号から天元帝と呼ばれることもある。クビライ以来続いてきた元朝の王統から出た最後の大ハーンとなった。
== 生涯 ==
宣光8年(1378年)、兄帝の崩御とともにハーンに即位し、天元と改元した。トグス・テムルが即位したとき、元を北に追いやった江南に加えて華北モンゴル高原の南辺を押さえたのみで、まだ依然として精強な勢力を誇る元は明と充分に戦える状況にあった。当時の元朝の支配領域は東西は東北部(満州)からモンゴル人の本土であるモンゴル高原のほぼ全土を保持しており、しかも甘粛雲南にはモンゴルの王族や貴族が残存して明と対峙していた。
天元9年(1387年)、東北方面に勢力を持つジャライル部のナガチュが明の北伐を受けて窮地に陥ったことを受け、東方に向かって遠征を行った。しかしナガチュは明に降伏してしまい、トグス・テムルも翌年にホロンボイル地方のブイル・ノールで明の将軍藍玉と戦って大敗した。この戦いで元軍はトグス・テムルの皇后をはじめ、8万と言われる多数の軍民を捕虜とされて大半が壊滅した。
トグス・テムルはカラコルムを目指して落ち延びたが、途中で高原西部に勢力を持つアリクブケ系統の王族イェスデルの襲撃を受け、その残軍もほとんど壊滅した。トグス・テムルはわずか16騎とともに辛くも逃げ延びたものの、大雪に阻まれてカラコルムにたどり着けないでいるうちにイェスデルの軍に追いつかれて捕らえられ、殺害された。トグス・テムルには2人の男子がいたが、長男のティポヌ(天保奴)は父とともに殺害され、ブイル・ノールで捕虜となった次男のティボヌ(地保奴)は明によって琉球に流されたため、クビライ王統はここに一旦断絶した。
トグス・テムルを殺害したイェスデルは自らハーンに即位するが、その王統は長続きせず、モンゴルは長い混乱期に入ることになる。



抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「トグス・テムル」の詳細全文を読む




スポンサード リンク
翻訳と辞書 : 翻訳のためのインターネットリソース

Copyright(C) kotoba.ne.jp 1997-2016. All Rights Reserved.