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宇佐美彰朗 : ミニ英和和英辞書
宇佐美彰朗[うさみ あきお]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [さ]
 【名詞】 1. help 
: [び]
  1. (n,n-suf) beauty 

宇佐美彰朗 : ウィキペディア日本語版
宇佐美彰朗[うさみ あきお]
宇佐美 彰朗(うさみ あきお、1943年5月31日 - )は日本のマラソン選手、指導者である。東海大学名誉教授。
新潟県西蒲原郡吉田町(現・燕市)出身。新潟県立巻高等学校卒。日本大学経済学部経済学科卒業、日本大学文理学部体育学科卒業。日本大学大学院文学研究科教育学専攻体育学コース修士課程修了、教育学修士。日本大学大学院文学研究科教育学専攻体育学コース博士課程単位取得満期退学。
1960年代後半~1970年代中盤にかけて活躍した、日本の男子マラソンの名選手のひとり。
== 人物・来歴 ==
実家は鮮魚店で、9人兄弟の6番目(三男)に生まれる〔下記外部リンク内の記述による。〕。中学時代はバスケットボール、高校時代ではテニスをしており、大学に入ってから本格的に陸上競技を始めたという異色の経歴の持ち主。高校1年の頃から校内ロードレースではトップで、陸上部からも勧誘があったが、テニスを続けた〔。大学2年生の1964年1月に箱根駅伝に初出場(4区、3位)。3月、中日マラソンで初マラソンを走る(円谷幸吉もこのレースが初マラソンだった)。1965年の箱根駅伝では9区で区間新記録を樹立している。
日本大学経済学部であったが1965年3月、卒業。1966年4月、日本大学文理学部体育学科に学士入学。体育学科の卒業論文は『ランニングフォームの研究』で、後輩を指導しながらその変化を見るというものだった〔。1968年に卒業後は大学院に進み、それ以降の現役時代は日本大学陸上部のOB会である「桜門陸友会」を所属チームとしていた。メキシコシティオリンピックの代表選考会だった1968年4月の毎日マラソン(現・びわ湖毎日マラソン)でマラソン初優勝を遂げ、オリンピック代表に選ばれる。オリンピック本番では9位。
1970年から71年にかけてはマラソン選手としての全盛期で4連勝した。特に1970年の国際マラソン(現・福岡国際マラソン)では2時間10分37秒8の日本最高記録を樹立。1971年のプレ・オリンピックでも優勝。同年の国際マラソンは伏兵のフランク・ショーターに敗れたものの2位。1972年4月の毎日マラソンで優勝してミュンヘンオリンピックの代表に2大会連続で選ばれる。10000mのスピードもあり安定感のあるクレバーな走りでオリンピック優勝候補にもあげられた。しかし、本番では12位に終わる。
ミュンヘンオリンピック後、西ドイツのケルンにあるスポーツ大学に1年間留学。帰国後、1973年12月の国際マラソンでマラソン競技に復帰。このときは22位とふるわなかったが、翌年4月の毎日マラソンに優勝して第一線に返り咲いた。モントリオールオリンピックの代表選考だった1976年4月の毎日マラソンにも優勝して3大会連続の代表となったが、7月のオリンピック本番は32位であった。宇佐美の述懐によると、前年のプレ・オリンピックでは30度を超える気温だったため酷暑対策に力を入れたが、本番は雨模様となり、肩すかしを食らったとのことである〔。
オリンピックマラソン代表に3大会連続で選ばれて出場したのは、宇佐美彰朗と君原健二だけである。(宗茂瀬古利彦も幻のモスクワオリンピック代表を含めると3大会連続)また、3回の代表選考レースにすべて優勝して代表権を獲得したのは宇佐美だけ(幻のモスクワを含むと瀬古も)である。1977年に現役を引退。国内で最後のレースとなった京都マラソン(旧)は瀬古利彦のマラソンデビューでもあった。
現役引退後は指導者、また研究者の道に進む。現役時代から日本大学講師、東海大学助教授を務め、1992年には東海大学体育学部教授に就任。マラソン・長距離に関する著書を多数執筆している。指導者としては1977年東海大学陸上部監督に就任した後、同部副部長、部長を歴任。2001年より同部顧問となった。2009年3月をもって東海大学を退職。東海大学名誉教授となる。現在は宇佐美マラソン・スポーツ研究室を主宰、またNPO法人日本スポーツボランティア・アソシエーション代表を務め、全国各地でマラソン指導・講演活動を続けている。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「宇佐美彰朗」の詳細全文を読む




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