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安彦 諭(あびこ さとる)は、北海道美瑛町出身のスキー選手。パラリンピック冬季競技大会における日本人初のクロスカントリースキーID(知的障害者)クラスの銀メダリストである。 == 来歴 == 1998年開催の長野パラリンピックにおいては、障害者スポーツの世界最高の舞台であるパラリンピックに初めて距離競技だけが知的障害者のスキー種目の内に正式採用を認められた。その日本最初の代表選手6名の中に当時美深高等養護学校1年生であった安彦諭が、その一人として選ばれた。そして男子5キロ距離競技クラシカル走法において銀メダルを獲得した。知的障害者選手のパラリンピックメダリストは日本初である。 このことで「文化、スポーツ等の分野において輝かしい活躍で広く道民に敬愛され希望と活力を与えている」として平成10年5月北海道知事から「栄誉賞」が贈呈された。 その後の夏季パラリンピック大会(シドニーパラリンピック)において新たに採用されたIDクラスバスケットボール種目にスペインチームが12名中に10名もの健常の選手を紛れ込ませて金メダルをさらったことが露見した。このことから以後の知的障害者のスポーツ種目は全てが国際パラリンピック委員会から排除されてしまった。しかし、パラリンピックへの夢を閉ざされた後も彼は国内の障害者スポーツ最高の舞台と位置づけられるジャパンパラリンピックのクロスカントリースキー大会などにおいて上位の成績を収める活躍をしている。 また、知的障害者が再び国際パラリンピックの舞台に復帰する日を目指して活動を始めた国際知的障害者スポーツ連盟(INAS-FID) が開催する知的障害者クロスカントリースキー世界選手権大会に日本代表選手となって上位成績で活躍した。 現在は「竹内山林緑化農園」「美瑛ディセンターすずらん」で稼動しながら、スポーツ面では「旭川パラレルクラブ」「旭川陸上クラブ」に所属して、夏季にはマラソンや駅伝など陸上競技にも取り組んでいる。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「安彦諭」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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