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安明進(アン・ミョンジン、、1968年-)は、元朝鮮民主主義人民共和国工作員。金正日政治軍事大学卒。韓国への亡命後、国家安全企画部(現国家情報院)を経て現在は韓国ガス公社勤務。日本語を大変流暢に喋ることができる。 ==概要== 1993年、朝鮮労働党中央委員会作戦部から大韓民国への潜入を命ぜられる。韓国に潜入する特殊部隊の一隊員として非武装地帯を隠密行動中に部隊から逃亡。非武装地帯の南側で韓国軍に投降し亡命した。その後1997年にソウル特別市で「88年9月から91年初めにかけて金正日政治軍事大学で、行方不明になっている横田めぐみさんを見た」と証言。この発言が突破口になり、1978年に起きた一連のアベック失踪事件や、ヨーロッパに留学したまま行方不明になっていた日本人が北朝鮮に拉致されていたことが解明された。 しかしその多くの証言には以下のような疑問符が付いている。 *“なぜ亡命してから4年後に突如横田めぐみの目撃証言を行ったのか?” *“第三者からの又聞きを、さも自分が見聞したように言っているのではないか?” *“もっと上の位にいた亡命者、もしくは国家情報院関係者の発言を代弁しているのではないか?” このように言われる根拠として、1994年10月17日号のAERAでインタビューを受けた際、その中で横田めぐみら拉致被害者について全く言及していなかったこと、2003年にはある週刊誌で拉致被害者家族の横田夫妻が対談した際に「横田めぐみさんは金正日ファミリーで日本語の家庭教師として生きている」と発言したこと、更には亡命後に建設された北朝鮮の軍事施設について構造を知っているかのようにコメントした事などが挙げられる。拉致被害者の一人である蓮池薫も“軍事大で他の10人の日本人と共に姿を見た”との証言に対し「北朝鮮で彼に逢った事はない」と発言している(2005年7月29日)。 なお、日本語を大変流暢に喋ることができる。 最近では2006年6月の南北離散家族再会行事の際に、フジテレビの番組内で、ある離散者に付き添っていた韓国政府(統一省)職員を「監視担当の北側工作員」と間違ってコメント。韓国外務省の抗議を受けてフジテレビ側が謝罪する事件が起こった。 2002年に拉致問題が日本で沸騰して以後、勤務先の韓国ガス公社を辞め、「救う会」(北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会)の助力を得て日本に住み始めた。当初は安明進が日本のマスコミに出る際のギャラは、ほとんど救う会側が受け取っていた。救う会側に頼まれて白紙の領収書にサインしたことも何度かあった(救う会側はすべて否定。「週刊現代」2007年12月22/29掲載記事「北の元工作員 安明進 私の悪行、日本人の悪行」より)。 公社職員だが勤務の実態はほとんどなく、国家情報院の指示により対北朝鮮関連の業務(各地で反北宣伝の講演)に従事。 2007年7月9日、中国で協力者から入手した北朝鮮製覚醒剤を韓国国内で密売したとして「麻薬類管理に関する法律」違反で同居女性と共に逮捕(聯合ニュース電)。本人は罪を認めている。8月17日、一審で懲役4年6ヶ月(求刑懲役3年)の実刑判決。求刑を上回る判決の理由について裁判長は「量が多く、しかも頻繁に使用した。更に他の被告にも強要している」と説明した。10月19日の控訴審判決では懲役3年、執行猶予5年に減刑され、即日釈放された。事件以降、日本のメディアへの出演はない。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「安明進」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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