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宗像 徹(むなかた とおる、1974年(昭和49年)3月27日 - )は、日本中央競馬会 (JRA) 美浦トレーニングセンター所属の調教助手で、元騎手。騎手免許は平地競走、障害競走両方の免許を所持していた。遠戚に障害競走専門騎手として活躍した三浦堅治がいる〔別冊宝島競馬騎手読本 ISBN 4-7966-9290-8〕。 == 来歴 == 1993年(平成5年)JRA競馬学校騎手課程を第9期生として卒業し、笹倉武久厩舎所属騎手としてデビュー。同期には伊藤直人・飯田祐史・小林徹弥や、後に競馬学校世代で史上初の学士騎手となった川合達彦らがいる。 デビュー初年度に平地・障害双方で勝ち鞍を挙げ、1年目から重賞にも騎乗。1993年(平成5年)新潟記念をはじめ、2011年(平成23年)まで平地重賞に12レース騎乗、この中には所属していた笹倉厩舎の代表管理馬であるツインターボへの騎乗も2レース含まれている。なお平地重賞での最高着順は2001年(平成13年)クリスタルカップの4着となっている。 減量騎手から外れてからもしばらく平地での騎乗を続けていたが、2年目の325レースをピークに年々騎乗機会が減少したため、1999年(平成11年)騎乗数確保のためにデビュー年以来乗っていなかった障害競走への騎乗を再開する。 再開後も平地への騎乗は並行して続けていたが、2003年(平成15年)から2004年(平成16年)にかけ障害でのオープン特別勝ちや重賞勝利を記録するなど、障害競走での成績は平地のそれを上回るようになり、それにともない騎乗の場は徐々に障害へと移行。 2011年(平成23年)10月31日をもって引退し、堀宣行厩舎の調教助手に転身した〔高橋 智大騎手・宗像 徹騎手が引退 日本中央競馬会公式ウェブサイト〕。騎手通算成績は2580戦105勝(JRAのみ)であった。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「宗像徹」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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