翻訳と辞書
Words near each other
・ 宮里亜衣
・ 宮里伸哉
・ 宮里優作
・ 宮里太
・ 宮里政玄
・ 宮里明那
・ 宮里昭也
・ 宮里松正
・ 宮里町
・ 宮里町 (薩摩川内市)
宮里秀徳
・ 宮里立士
・ 宮里美香
・ 宮里聖志
・ 宮里藍
・ 宮里藍のビッグゴルフ in USA
・ 宮里静湖
・ 宮里駿
・ 宮重大根
・ 宮重楽山


Dictionary Lists
翻訳と辞書 辞書検索 [ 開発暫定版 ]
スポンサード リンク

宮里秀徳 : ミニ英和和英辞書
宮里秀徳[みやざと しゅうとく]
=====================================
〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [り]
 【名詞】 1. ri (old measure) 2. 2. 44 miles 

宮里秀徳 : ウィキペディア日本語版
宮里秀徳[みやざと しゅうとく]
宮里 秀徳(みやざと しゅうとく、1889年12月4日 - 1952年6月7日)は、日本海軍軍人。最終階級は海軍中将
==経歴==
鹿児島県出身。宮里正助・仲子の息子として生まれる。1912年(明治45年)7月、海軍兵学校40期)を卒業。翌年12月、海軍少尉任官。その後、海軍大学校(航海学生)で学んだ。
1920年(大正9年)12月、「駒橋航海長となり、「韓崎」航海長、「隠戸艤装員、同航海長、「野間」「多摩」の各航海長、海兵教官兼監事を歴任。1925年(大正14年)12月、海軍少佐に昇進。
1927年(昭和2年)4月、「衣笠」艤装員となり、同航海長、横須賀鎮守府付、「加賀」航海長を経て、1930年(昭和5年)12月、海軍中佐に進級し「陸奥」航海長に就任。1931年(昭和6年)5月、海兵教官兼監事となり、「平戸」「青葉」の各副長、「大泊」特務艦長を歴任。1935年(昭和10年)11月、海軍大佐に昇進し海軍航海学校教官に就任。
1937年(昭和12年)9月、第1港務部部員に転じ、軍令部出仕兼第3艦隊司令部付兼第1港務部部員、「夕張」「那珂」の各艦長、連合艦隊司令部付兼第1艦隊司令部付兼第2艦隊司令部付、「香取」艤装員長、兼「鹿島」艤装員長、「明石」特務艦長を歴任。
1940年(昭和15年)7月、艦政本部出仕となり、呉鎮守府付を経て、1941年(昭和16年)9月、初代「大和」艦長兼艤装員長に就任した。同10月、海軍少将に進級し、翌月、呉鎮守府出仕、そして呉人事部長兼呉鎮守府人事長に転じ太平洋戦争を迎えた。
1943年(昭和18年)3月、第11特別工作部長に就任し、1944年(昭和19年)10月、海軍中将に進んだ。同年12月、船舶救難本部長に就任し、船舶警戒部長として終戦を迎えた。1945年(昭和20年)9月、予備役編入となった。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「宮里秀徳」の詳細全文を読む




スポンサード リンク
翻訳と辞書 : 翻訳のためのインターネットリソース

Copyright(C) kotoba.ne.jp 1997-2016. All Rights Reserved.