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宰相殿の空弁当(さいしょうどののからべんとう)は、慶長5年(1600年)の関ヶ原の戦いにおける毛利氏の去就にまつわる故事。略して「空弁(からべん)」とも。 == 関ヶ原の戦いまで == 関ヶ原の戦いに際し、五大老の1人毛利輝元は、石田三成や安国寺恵瓊の要請を受けて西軍の総大将となった。輝元は豊臣秀頼を保護する名目で大坂城に入り、徳川家康が大坂城に置いていた留守居役を強制的に城から追い出している。 しかし輝元自身は大坂城から出ようとせず、主戦場には養子の毛利秀元を大将として派遣した。この時、秀元の補佐として吉川広家が任じられたが、広家はこの戦いで西軍が敗れると予想〔7月15日には既に吉川広家と福原広俊・宍戸元続・益田元祥・熊谷元直(いずれも毛利氏の重臣)らとの間で徳川氏との協議に入ることで合意をしていたが、毛利秀元・安国寺恵瓊はこの決定から外されていた(脇正典「萩藩成立期における両川体制について」(藤野保先生還暦記念会編『近世日本の政治と外交』)雄山閣、1993年)。〕、徳川家の重臣榊原康政・本多忠勝らと極秘に単独停戦の交渉を進めた。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「宰相殿の空弁当」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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