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冨士 眞奈美(ふじ まなみ、本名;岩崎 真奈美、1938年1月15日 - )は、女優・随筆家・俳人。血液型はA型。ラヴァンス所属。 == 人物・来歴 == 静岡県出身。遠縁に前田美波里(冨士の母方の叔母が前田の母のいとこと結婚)〔『女性自身』1981年5月14日・21日合併号。〕、岸惠子(冨士の母方の叔母の夫が岸の母方のいとこの妻の弟)がいる。 少女期は男の子に混じって草野球をするなど活発だった。静岡県立三島北高等学校卒業。俳優座付属養成所を経て、1956年『この瞳』の主役に抜擢されデビュー。1957年にはNHKの専属第一号となる。テレビドラマ『輪唱』の三姉妹役で共演した馬渕晴子、小林千登勢と共にNHK三人娘と呼ばれ、清純派として人気を博した。また、1960年からは音楽バラエティ番組『東は東』の司会を滝田裕介と共に務めるなど、20代の頃からドラマとバラエティ番組レギュラーの両方を器用にこなしていた。 ドラえもんの声で知られる女優の大山のぶ代とは上京後の4年半同じアパートの部屋で一緒に暮らしていた当時からの仲良しである〔『いつみても波乱万丈』出演時の本人コメントより。〕。 1970年の『細うで繁盛記』でのヒステリックで意地悪な小姑役でイメージチェンジを遂げ、最大の当たり役となる。そのキャラクターで、『おひかえあそばせ』『気になる嫁さん』『パパと呼ばないで』『雑居時代』と、俳優座の後輩で当時一世風靡していた石立鉄男主演のコメディに連続して出演し、さらに人気を博す。1973年に放送された『恐怖劇場アンバランス』第10話「サラリーマンの勲章」に出演した際、下着姿を披露している。 1974年、脚本家林秀彦との結婚を期に一時引退(CM出演やエッセイや小説の執筆、句会出席など活動は細々と続けていた)したものの、1984年の離婚後に本格的に芸能活動を再開させ、女優、エッセイスト、俳人、タレントと多才ぶりを発揮している。 近年では『末っ子長男姉三人』での深津絵里との軽妙な掛け合いが話題を呼び、健在振りをアピール。また岸田今日子、吉行和子とは古くから親交が厚く〔岸田とは、1962年のテレビドラマ『鏡子の家』で親友役として出演して以来、親友に。冨士が結婚している間に、岸田と吉行が仲良くなり、離婚後、吉行と俳句の会で仲良くなった。〕、そのユーモラスな交流関係から度々トリオで起用されていた。黒柳徹子とはNHK専属時代よりプライベートでもたいへん親交が深く『徹子の部屋』には番組開始から現在までに定期的に出演していて、離婚前の林や娘の岩崎リズと一緒に出演している。 趣味は、野球観戦、イタリアオペラ鑑賞と俳句。長嶋茂雄・野茂英雄のファンである。数字に関わる自分の持ち物は長嶋の背番号と合わせていると公言しており、野茂については、引退後に発売されたSports Graphic Number PLUSの完全保存版野茂英雄1990-2008にコメントを寄せている。俳句は坪内稔典らから高く評価されており、2008年から「俳壇賞」選考委員をつとめている。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「冨士眞奈美」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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