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富美宮允子内親王 : ミニ英和和英辞書
富美宮允子内親王[とみ]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [とみ]
 【名詞】 1. wealth 2. fortune 
: [び]
  1. (n,n-suf) beauty 
: [いん]
 【名詞】 1. sincerity 2. permit
: [こ, ね]
 (n) first sign of Chinese zodiac (The Rat, 11p.m.-1a.m., north, November)
: [うち]
 【名詞】 1. inside 
内親王 : [ないしんのう]
 (n) imperial or royal princess
親王 : [しんのう]
 【名詞】 1. prince of royal blood 2. Imperial prince
: [おう]
  1. (n,n-suf) (1) king 2. ruler 3. sovereign 4. monarch 5. (2) king (for senior player) (shogi) 

富美宮允子内親王 ( リダイレクト:鳩彦王妃允子内親王 ) : ウィキペディア日本語版
鳩彦王妃允子内親王[やすひこおうひ のぶこないしんのう]

鳩彦王妃允子内親王(やすひこおうひ のぶこないしんのう、1891年明治24年)8月7日 - 1933年昭和8年)11月3日)は、日本皇族で、朝香宮鳩彦王の妃。明治天皇の第八皇女。母は権典侍・園祥子。旧名、富美宮允子内親王(ふみのみや のぶこないしんのう)。
== 人物 ==
1910年(明治43年)5月5日に勲一等宝冠章受章。同年、朝香宮鳩彦王と結婚する。鳩彦王との間に孚彦王正彦王紀久子女王湛子女王を儲ける。
1919年大正11年)、夫が留学先のパリでの自動車事故で重傷を負った。この時に運転をしていたのは北白川宮成久王で、成久王は即死、同乗していた実姉・房子内親王も重傷を負った。東京にいた允子妃も急遽パリに向かうこととなる。その後、夫の静養に同行するとの名目で2年間パリに滞在。そのころ流行していたアール・デコへの造詣を深め、日本帰国後にアール・デコ仕様の新宮邸を建設するのに尽力したが、竣工のわずか1年後に腎臓病のため急逝した。この宮邸が現在の東京都庭園美術館である。
1933年(昭和8年)薨去。墓所は豊島岡墓地

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「鳩彦王妃允子内親王」の詳細全文を読む

英語版ウィキペディアに対照対訳語「 Princess Nobuko Asaka 」があります。




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