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冨 茂昌(ふ もしょう、1643年(崇禎16年) - ?)は琉球王国の士族。大和名は新田親方宗則。1670年、耳目官(進貢船長官)として清に朝貢、清朝との交易許可を得る〔沖縄門中大辞典、那覇出版社 278頁〕。物奉行、表十五人などを歴任。 ==人物概要 == 第二尚氏王朝の第三代国王尚真の四男尚龍徳・越来王子朝福の曾孫〔向氏屋良門中世系図、系図編集委員会〕。尚豊王の三従兄弟にあたり、その夫人・眞南風按司の養子となった。 冨茂昌は生前使用していた唐名である。氏名と名乗り頭が決められたのは1691年であるため、名乗りである宗則(朝則)は晩年、ないしは死後につけられたものであったと推測される。呉姓としての唐名は伝わっていない。 宴席で同席者を楽しませる才があり、国王にも好かれ、琉球に禁酒令がでた際(尚質王代の質素倹約令か)も新田親方の首里邸宅(新田殿内)では泡盛所有が認められていたという逸話が残る。 子孫に琉球演劇沖縄芝居(大伸座)の仲地宗寛(新田親方から数えて九代目当主)などがいる。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「冨茂昌」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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